十人の乙女たちの話 by ゲイリー・ノース
第
1のたとえは、審判を下すためにやってくる花婿の話である。天の王国は、十人の乙女にたとえられている。彼女らは、ランプを持って、花婿に会うために出ていった。そのうちの五人は賢く、五人は愚かだった。愚かな乙女たちは、ランプを持って行ったが、その中に油を入れておかなかった。しかし、賢い乙女たちは、ランプの受け皿に油を入れておいた。花婿の到着が遅れたので、彼女らはみなうとうととして眠ってしまった。すると、真夜中に、叫び声がした。「さあ、花婿のお出ましだ。彼を迎え出よ。」と。乙女たちは全員起きて、ランプを用意した。しかし、愚かな乙女たちは賢い乙女たちに向ってこう言った。「油を分けてください。私たちのランプには油がもう残っていません。」しかし、賢い乙女たちは、こう答えた。「だめです。油は、私たちの分しかありません。行って自分の分の油を買ってきなさい。」と。彼らが買いに出かけている間に、花婿がやってきた。きちんと準備しておいた乙女たちは、花婿と一緒に結婚式場に入り、扉が閉められた。後になって、乙女たちが到着し、「ご主人様。扉を開けてください。」と言ったが、花婿はこう答えた。「まことにあなたがたに言います。わたしはあなたがたを知りません。」と。だから、用心していなさい。あなたがたは、誰も人の子が来る日も時間も知らないからです。」(マタイ
25・1-13)キリストは、最後の審判を扱う同様の終末論的文脈の中で、「わたしはあなたがたを知りません」とは異なる表現を用いておられる。「わたしに向かって、『主よ、主よ。』と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行なう者がはいるのです。その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行なったではありませんか。』しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』」(マタイ
7・21-23)これらの個所は、どちらも、旧い契約の下にあったイスラエルに対する神の最後の裁きを表していると考えることができる。問題は、「これはイスラエルだけに適用されることなのだろうか?」ということである。マタイにおける天の御国とは、歴史における神の御国を表している。キリストの時代においては、旧約聖書の秩序は、まだ神の御国の一部であった。「最後の審判がある」とイエスは教えられた。キリストがこれらの言葉を語られた時に、旧約のイスラエルに対する最後の審判は下っていなかった。しかし、それは、紀元
70年にエルサレム崩壊時に起こった。賢い乙女たちは、ランプに油を入れておいたが、愚かな乙女たちは、そうしなかった。愚かな乙女たちは不意をつかれるだろう、とキリストは言われた。この警告は旧い契約の下にあったイスラエルに適用された。王国はまだ歴史において働いているので、それは終末において自己欺瞞的な教会にも適用されるのだ。最後の審判の時に、自己欺瞞の民は油を切らしているだろう。十人の乙女のたとえは、参加者の半数が務めにつき、残りの半数が怠けている王国の姿を描いている。これは、教会と旧い契約の下にいるイスラエルに適用される。イエスは、聞き手に対して警告を与えておられた。聞き手の中には、移行期にある王国を構成する2種類の国民の代表者たちが含まれていた。イエスは彼らに向って、自分の仕事を忠実にこなし、警戒を怠らないように、と戒められた。エルサレムが崩壊した時、旧約のイスラエルとつながっている御国の半数を占める構成員たちに裁きが下った。残りの半数は、マタイ
24章(ルカ21章)のキリストの御言葉に注意を払ったので、生き残った。彼らが生き残ったという事実は、「彼らだけが神の御国を受け継ぐことができる」ということを意味している。それは、キリストがユダヤ人に次のように警告された言葉から明らかである。「だから、わたしはあなたがたに言います。神の国はあなたがたから取り去られ、神の国の実を結ぶ国民に与えられます。」(マタイ21・43)イエスの時代に、「王国」という言葉は、新しい契約に属する教会と旧い契約に属するイスラエルの両方を意味していた。しかし、もはやそのような両義性は失われた。今や「王国」という言葉は、「教会」しか意味しない。このことは、十人の乙女のたとえは、今やもっぱら教会にしか適用できないということを意味している。すなわち、サタンの王国が滅びることになる最後の審判の日に、教会の中には準備のできていない教会員がいて、彼らは不意をつかれるだろう、ということなのだ。
最後の審判の時に、教会の中には契約違反者がいるだろう。原罪は、なおも問題として残っているだろう。
このたとえは、天の御国を描写している。天の御国は歴史において今も働いている。それゆえ、我々は、この警告が今も歴史に適用できると結論する。罪の清算の日は突然やって来る。あなたのランプから油を絶やしてはならない、とイエスは言われた。
01/12/23