形質の変化と中枢の変化が偶然符合一致した?
進化論にとって致命的なのは、形質の変化と、それを動かす中枢の変化が偶然符合一致したといわねばならないところにある。
例えば、ある動物に羽が生えたとしよう。しかし、その羽を動かす中枢がなければ、その動物は羽を動かすことはできない。
鳥が空を飛ぶことができるのは、ただ羽が生えているだけではなく、それを効果的に動かすための中枢があるからである。
さて、羽を獲得するのも、それを動かす中枢を獲得するのも、DNAの変異があったからである。DNAにおいて変異がなければ、どんなに個体が空を飛ぶ訓練をしても、次の世代にそれを遺伝させることはできないから。父親が英語が得意であったからといって、子供が生まれつき英語が話せるわけではないのと同じである。
形質のDNA変異と、それに対応する中枢のDNA変異は、まったく互いに独立の事象である。形質が変異したら、それに対応して必ず中枢の変異も起こるとは限らない。
これは、大変なことである。
つまり、互いに独立した事象が、偶然だけによって、ぴたりと一致するなどということは奇跡以外にはない。
蜘蛛が糸をつくる機能を獲得したとしても、それを捕虫に利用できるように巣を作る本能が発達しなければ無意味である。
糸をつくる機能を得るためのDNAの変異と、それを利用して巣を作る本能を得るためのDNAの変異はまったく何の因果関係もないのであるから、それぞれ独立して、ぴったりと相応しい形になるまで変異を繰り返したということならば、歴史は、何億年の何億倍の年数があったとしても、まだ足りないだろう。
このくらいそれほど想像力が豊かでなくても容易に推測できる。