契約と肉体2

 

よく、キリストは結婚していたと言う人がいる。
マグダラのマリアはイエスの妻であった、とか。

これは、明らかな誤解である。なぜならば、キリストの妻は、教会だからだ。

しかし、このことを信じる人々の中には、「自分は教会に属しているので、キリストの妻だ」といって独身を貫く女性が現れた。カトリックの尼僧などがそれである。

しかし、もしそれが事実であるならば、キリストは一夫多妻の重婚者になってしまう。

キリストは、ただ1人の妻――教会――と結婚されたのだ。

教会とは、いったい何か。

教会を表すエクレシアという言葉は、旧約聖書における「契約の民全体」を表す言葉の対応語である。

ということは、教会とは、「契約の民全体」「会衆」を意味するということになる。

契約の民は、一つの肉体を共有している。だから、キリストは、重婚者にはならないのだ。

神は、信仰をもち、バプテスマを受けた人々を教会に加えられ、一つの体の一部とみなされる。

クリスチャンは、全員で1人である。各地方教会は、全部あわさって1人である。

心において一つであるだけではなく、肉体においても一つである。

キリストと教会とは、夫婦の契約を結んでいる。だから、教会は、他の主人に仕えることは許されないのだ。

我々は、キリストの花嫁の一部であり、細胞である。細胞は、互いに一致して、全体を形成しなければならない。クリスチャンが互いに一致しなければならないのは、キリストの花嫁として整えられるためである。

もし、一致だけが優先されて、キリストへの服従がないがしろにされるならば、教会はキリストの花嫁になるのではなく、姦淫者になる。

クリスチャンは、キリストへの忠実という基礎にたって、一致を求めなければならない。

もし、キリストへの忠実に違反する者がいるならば、その者は、正常な細胞ではない。それは、癌細胞である。

癌細胞と共存して健康な体が生まれないのであるから、癌細胞は切り捨てるに限る。

聖餐停止処分は、このように教会全体の健康を維持するための外科手術である。

旧約聖書において、「罪人を民から断ち切れ」という命令は、契約の民全体の健康を維持するために与えられたものだ。

癌細胞を体の中に残せば、それは転移して、健康な細胞までおかしくしてしまい、全体が死んでしまう。

 

 

02/11/07

 

 

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