マルクシズムの起源 9


レーニンの親友にして協同者トロツキーによれば、レーニンは16歳の時、自分の首にかかっている十字架をひきちぎり、それを地面に投げ捨て、その上に唾をかけ、足で踏みつけたという。これは、どのサタン礼拝においても行われる典型的な儀式である。

彼がサタニズムに影響されていたことは、1913年11月13−14日にマクシム・ゴーリキーに宛てた手紙から明らかである。


無数の罪、悲劇、抑圧、肉体的伝染病は簡単に目につくので、霊である神に関する考えよりも安全である。…
(V. Illitch Lenin, Complete Works (Moscow: Politica literature Publishing House, 1964, in Russian), Vol. 48, pp. 226, 227; cited in ibid., p. 49.)
さらに、

無神論は、マルクス主義の一部である。マルクス主義は唯物論である。我々は宗教と戦わねばならない。これは、すべての唯物論のABCであり、それゆえ、マルクス主義のABCでもある。
(Quoted in Wurmbrand, op. cit., p. 59.)

レーニンが唱えた戦略が、サタンの無律法主義から出ていることは明らかである。

「我々は、姦計、妙計、トリック、詐欺、非合法な方法、真理の隠蔽、秘匿など何でも利用せねばならない。大切なのは、[方法の合法性ではなく、]資本主義国同士が互いに争い取ろうとしている利権の奪取である。」
(Quoted in Wurmbrand, op. cit., p. 59.)

共産主義者は、体制の崩壊と社会主義国の建設という大義のためならば、方法を選ばない。詐欺であろうが、殺人であろうが、目的を達成するためならば、何でもやる。

マルクスは次のように述べた。

共産主義者は、自分の意見や計画を隠さない。彼らは公然と「我々の目的は、既存の社会構造の全体を暴力的に転覆させることを通してのみ達成される」と主張する。

さらに、

旧体制の死に伴う激しい痛みと、新しい体制の誕生に伴う激痛の時を短くするには、方法は一つしかない。革命的テロリズムだけが、これらの苦しみを単純化し、集中化する唯一の方法である。
(MEW, V, p. 457 cited in ibid., p. 58.)

サタンに従うあらゆる者が、最後にサタンに裏切られるように、レーニンも、自分がはじめたロシア革命によって裏切られた。

我々が期待するとおりに国は機能していない。…人間が運転席に座って動かしているように見えるのだが、クルマは彼の期待する方向に動かない。何か別の力が動かしているのだ。

サタンは究極のエゴイストであり、常に自分のことにしか関心がない。そのため、サタンに力を借りて成功をはかる人間は、ある時点で、自分がサタンに利用されていることに気づく。しかし、気づいた時には、「時すでに遅し」である。サタンは、自分を思いのままに動かし、引きずりまわしはじめる。そして、自分がはじめた事業そのものが自分の首を絞めるようになる。
サタンに従う人間の結末は絶望である。

レーニンは1921年の手紙の中で次のように述べた。

我々は、臭いロープを首に巻きつけられて処刑されればよいのだ。私はずっとこの希望を失わなかった。というのも、我々は汚らわしい官僚制度を非難できていないからだ。…
(V. Illitch Lenin, ibid., Vol. 54, pp. 86, 87; cited in ibid., p. 49.)

臭いロープを首に巻きつけられて絞首刑にされること…。これが、共産主義の国家を作るために、一生を捧げた人物の最後の希望だった。レーニン自身の上にこの希望は実現しなかったが、彼の同労者の上に成就した。すでに述べたように、1917年の革命時にソビエト共産主義者中央委員会の29人のメンバー及び候補者だった者のうち、他人から命を奪われずに済んだ者は4人しかいない。

奇妙なことに、レーニンは13歳の時に、自分の人生の結末を予期する詩を書いている。

おまえは、他者のために人生を捧げるが
哀れなことに、悲しい運命がおまえを待ち受けている
おまえの犠牲は、結局、いかなる実も結ばないだろう
(”Budilnik,” Russia, No. 48, of 1883. Quoted in The New Review, New York: 140/1980, p. 276 cited ibid., p.50.)

この予言のとおり、彼は、死の床において次のように述べた。

私は、大きな間違いを犯した。私は、無数の犠牲者から流れ出る血の海の中で茫然自失している。これは、悪夢だ。今更戻るには遅すぎる。われらが祖国ロシアを救うには、アッシジのフランシスのような人間が必要だったのだ。このような人間が十人いれば、我々はロシアを救うことができただろう。
(Quoted in Wurmbrand, op. cit., p. 59)

他者のために、祖国ロシアのために、人生を捧げたはずだった。
しかし、現実に得られたのは、革命によって粛清された無数の人々の血の海と、累々と積み上げられた犠牲者の死体だけだった。

レーニンの失敗の原因は、ただ一つ、味方につけた者が間違っていたということである。
裏切り者サタンの側に立ち、神の側に立たなかった。
それに対して神の側についたパウロの言葉を見てみよう。


「私が世を去る時はすでに来ました。私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。」(2テモテ4・6−8)

サタニストは、究極の愚か者である。
仮に遊びのつもりであっても、サタンから力を借りてはならない。

 






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2004年1月28日

 

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