フルプレテリズムを異端と宣言します
<T師>
(2)火の池がサタンや悪霊たちの消滅の場所ではないなら、彼らは永遠に存在し続けるのでしょうか?
<B師>
まず、一般的にフル・プレテリストは世界は永遠に続くと信じています(伝道者1:4、詩篇78:69、89:36〜37、104:5、148:4〜6、エペソ3:21)。また、人間の時代も永遠であると信じます(詩篇145:13、ダニエル4:3、34、ダニエル7:14、18、27、ルカ1:33)。
しかし、私たちは神の計画の中に宇宙のいくらかの変化もないとは確信を持って知ることはできません。創造された宇宙の小型版としてデザインされた神殿の崩壊は被造世界はその完成がもたらされる可能性があるというヒントであるのかもしれません。しかしこのような考えは象徴を理解しようとする憶測からの議論でしかありません。聖書のどこにも神殿崩壊は創造された世界の終わりの象徴であることを教える直接の箇所はありません。ですから、どちらかと言えば私は神の取り消されないみこころとして新しい契約と宇宙は永遠に存在するように造られたと信じています。
次に、私は聖書がどのような存在も消滅すると教えているとは信じていないので、悪霊も天使も、選ばれた者も遺棄された者も、すべて造られたものは永遠に存在すると思います。黙示録22章14〜15節と21章24〜27節は明白に新しい天と地の時代に悪が存在することを教えています(もちろんそれは減少し、制限されますが)。そしてそれは神ご自身のご選択なのです。私たちはまた、悪は新しい契約、新しいエルサレムの中の人々のためには根絶され、契約的には回心、聖霊による聖化、そしてイエスキリストの贖いの血の霊的な力によって祝福の状態を経験できると理解しています。
さらに、フル・プレテリストは教理的に、すべての支配はキリストと教会に今も限りなく属するとので、神の国、契約、キリストの律法の拡大は福音が語られ、信じられるどこにおいても悪を根絶すると考えています(マタイ28:18、1ペテロ3:22、マタイ16:18〜19、エペソ1:22〜23、イザヤ9:6〜7、黙示録1:5〜6、2:26〜27、5:10、11:15)。教会の働きは人々を邪悪さから神の国の光の中に導きいれることを含めて、すべてのものを支配し、統治することに関係しています(コロサイ1:12〜14、使徒行伝26:18、黙示録21:24〜27、22:14〜15)。契約の知識がないまま暗闇の中にいるひとりひとり(エペソ2:12)は契約によって変えられ、キリストの光の中に移されるときに暗闇から離れます(ルカ2:32、2コリント4:6、2テモテ1:10)。
<tomi>
B師の次の発言は非常に大きな問題です。
「ですから、どちらかと言えば私は神の取り消されないみこころとして新しい契約と宇宙は永遠に存在するように造られたと信じています。…悪は新しい契約、新しいエルサレムの中の人々のためには根絶され、契約的には回心、聖霊による聖化、そしてイエスキリストの贖いの血の霊的な力によって祝福の状態を経験できると理解しています。」
(T)
(A)フルプレテリストであるB師は、現在がすでに新天新地であると主張している。
(B)私たちは、今日、悪霊が働き、我々を含め、人類は罪を犯していることを知っている。
(C)B師は、この世界は永遠に存在するという。
このA、B、Cを総合すると、悪霊は、永遠に働きつづけ、我々を誘惑し続け、我々は永遠に罪を犯し続ける、ということになるのだ。
これは、善と悪が永遠に対立し合うという、マニ教の教えである。
聖書は、最終的に善が悪に勝ち、世界から呪われるべきものが一掃され、神への完全な従順が実現し、それによって、神を唯一の主とする、創造時と同じ完璧な世界に復帰する、と主張する。
「それから終わりが来ます。そのとき、キリストは<あらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし>、国を父なる神にお渡しになります。」(1cor:15:24)
もし悪が永続するのであれば、キリストの贖いと清めは、不完全であるということになるのだ。キリストの贖いは完全なので、神が唯一の主権である世界が「完全に」到来しなければならない。
もし、サタンや悪霊や悪人たちが、今の世界のまま永遠に悪事を犯し続けるのであれば、この宇宙には主権者が複数いることになる。
日本の国家体制は、強盗殺人犯を野放しにはしない。かならず、捕まえて刑罰を下し、刑務所に入れるか、処刑する。その時に、「法の要求は満たされる」のである。それ以外、つまり、犯罪者を野放しにしておくことは、強盗殺人を禁じる法律を無効と宣言するに等しく、法的秩序を自ら破壊することである。
それと同じように、神の義と神の法は、違反者を刑罰の下に永遠に置いて、そこから一歩も外に出さないことによって、はじめて溜飲を下げることができるのだ。
それ以外で神が満足されるならば、神ご自身が不義になってしまう。神は、絶対の義なるお方だから、違反を許したままにすることがおできにならない。どのような罪や悪に対しても、完全な刑罰を下す以外に選択の余地はない。
以上から、フルプレテリズムが「第2のマニ教」であり、完全なる「異端」であることが明らかとなった。
(U)
「黙示録22章14〜15節と21章24〜27節は明白に新しい天と地の時代に悪が存在することを教えています(もちろんそれは減少し、制限されますが)。そしてそれは神ご自身のご選択なのです。悪は新しい契約、新しいエルサレムの中の人々のためには根絶され、契約的には回心、聖霊による聖化、そしてイエスキリストの贖いの血の霊的な力によって祝福の状態を経験できると理解しています。」
悪が祝福の状態を経験できる???
「それ[悪]は減少し、制限されますが」「新しい天と地の時代に悪が存在する」???
黙示録22章14〜15節と21章24〜27節は、「悪の永続性」を教えていない。
「自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都にはいれるようになる者は、幸いである。犬ども、魔術を行なう者、不品行の者、人殺し、偶像を拝む者、好んで偽りを行なう者はみな、外に出される。」(黙示録22・14-15)
これは、不正や悪を行う者、サタンや悪霊たちが、永遠の刑罰に入ることを比喩的に述べているのであって、現在の世界のように、彼らが自分の活動をそのまま続けている状態を表しているのではない。
繰り返すが、悪が今と同じような状態で、これからも永遠に続き、人々が罪を犯し続けるなど絶対にありえない。
それを許す神とはもはや神ではない。なぜならば、自分が制定した法的秩序を破壊するから。
現在のような世界は、永続すべき世界ではないのだ。このような罪だらけの世界は、新天新地ではない。不正や悪の居場所は、永遠の刑罰の中だけである。
「諸国の民が、都の光によって歩み、地の王たちはその栄光を携えて都に来る。
都の門は一日中決して閉じることがない。そこには夜がないからである。
こうして、人々は諸国の民の栄光と誉れとを、そこに携えて来る。
しかし、すべて汚れた者や、憎むべきことと偽りとを行なう者は、決して都にはいれない。小羊のいのちの書に名が書いてある者だけが、はいることができる。」 (黙示録21・24-27)
これも同じように、永遠の世界において、悪や不正を行う人や、サタンや悪霊が、永遠の刑罰に入ることを指しているのである。
彼らが、今日のように、シャバを荒らし、人々を誘惑し、秩序を破壊するような世界が永続すると言っているわけではないのだ。
このような解釈は、善と悪との永遠の戦いを説くゾロアスター教やマニ教の教えである。
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読者のみなさま:
ここ数日、この立ち場について考え、祈り、かなり苦しみました。
そして、この立場を取ることが、どうしても正統的とは思えず、自分の霊的な生活を破壊することが分かりました。
そこで、私は、ここにおいて、はっきりと自分の立場を宣言します。
私、富井 健は、フルプレテリズムと一切、いかなる関係もない、と。
主が私たちに真理を示してくださいますように。
2004年2月22日
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