ナルシズムから解放されないと健全な運動はできない
<fms様>
日本的キリスト教
今、勤務先から打っていますので、ここに書き込ませていただきます。
もし、日本人が本当にキリスト教を復興させるとしたら、
正統的キリスト教は、相当な修正を迫られるということ
はないでしょうか?
正統的なキリスト教ではないですが、日本人になんとなく馴染み
やすい“キリスト教的な”思想としては、スウェーデンボルグや
エマソン、あるいはある種のユニテリアンなどが挙げられるよう
に思います。
これらの思想は、われわれ日本人にとって、あまり抵抗を感じ
させないものだと思います。
東洋の国々を伝道旅行していたあるクリスチャン・サイエンティスト
が述べていましたが、東洋では「あなたの教えている教えこそ、我々
が最も信じたがっている教えだ」という言葉をあちこちで投げかけら
れたそうです。クリスチャン・サイエンスの思想には、般若心経に通
じるものが確かにありますね。彼らの思想のある部分は、東洋人の共
感を呼ぶものであります。そして、日本の「生長の家」は、クリスチャ
ン・サイエンスから、そうとう影響を受けているようです。
また、日本では、ディバイン・サイエンス教会のJ.マーフィー牧師
が記した著作物が、昔から結構売れています。これを日本に紹介した
のは、上智大学の渡部昇一氏だったと思います。この手の思想は、
日本のビジネス界にかなり浸透しているように思うのですが、どうで
しょうか。
そういうわけで、日本や東洋で、キリスト教が復興するとしても、
何か非正統的なキリスト教が支配的になるような気がします。
それに、進歩的ユニテリアンといった信仰は、自由主義神学や
高層批評などといったものから、全く悪影響を受けない場所に
いますね。
三位一体なども、日本では「真善美の三位一体」といったもの
に摩り替えられそうです。一種の極東的グノーシス主義みたいな…。
以上、ノンクリスチャンの立場から考えを述べてみました。
<tomi>
fms様
非常にするどいご指摘をありがとうございました。
>そういうわけで、日本や東洋で、キリスト教が復興するとしても、
>何か非正統的なキリスト教が支配的になるような気がします。
たしかに、日本人が自分の感性を信じて改革をできるほど、甘くはないと思います。
というのも、改革とは、それまでの歴史的課題を一つ一つ踏まえ、しかるべき反省の上においてのみ達成されるからです。
しかし、昨今の「東洋へ帰れ」的な運動は、そういった歴史的反省をすっとばして、一気に「西洋はだめだった。だから東洋へ」という短絡的なものが多いのです。
私は、もし日本人が世界史に対して貢献できるようなものを提供できるとするならば、しっかりと自己と向き合い、いわゆる「自己愛的」で「情緒的」な性向を自覚し、それを捨てることができるということが条件となるのではないかと思います。
日本人は自然科学にしても、社会科学にしても、ある程度世界のトップの学的水準に達する能力を持っているのですから、まったく不可能ということはないと思います。
問題は、キリスト教界は、学界で指導する人々がリベラル化してしまい、啓示宗教(聖書啓示を人間理性の上に置く立場)を捨ててしまい、単なる人間至上主義の一派に成り下がり、啓示主義の立場から現在のキリスト教に対して正当なリーダーシップを取る資格を失ってしまったことにあります。
さらに、いわゆる歴史的正統的な立場(啓示主義)にいる人々は、反知性主義に陥り、学問をやることすら毛嫌いするといったありさまで、新しい運動を築き上げられる能力のある人は非常に少ないといえるでしょう。
それゆえ、私は、啓示主義の立場にしっかりと立つ人々が、近現代の思想的課題をしっかりと踏まえ問題を深く把握する能力をつけ、学的水準において相当のものを身に付ける必要があると思います。
単なるナルシズムから出た運動では普遍性はありません。しかし、日本人は、こと宗教になると、容易にナルシズムに陥り、復古主義以上のものになることが難しいと思います。
こういう問題点を深く掘り下げているのは、丸山真男ではないかと思うのです。
体制翼賛的な日本=神の国論に陥らないためにも、啓示主義に立った健全な研究が必要と思います。
2004年2月12日
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