『福音と世界』(2003年12月号)栗林輝夫氏のエッセイ「宗教右翼は神国アメリカをめざす――統治の神学、キリスト教再建主義、セオノミー」への反論 その9

 


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 数年前、時の日本の首相が「日本は天皇を中心にする神の国」と発言、「宗教を大事にせよと、もっと教育の現場でなぜ言えないのか」と、戦後教育を批判して物議をかもしたことがあった。戦後の日本人は「神様を大切にしようという最も大事なこと」を忘れてしまった。日本は天皇を戴いた神国であることを、国民はしっかり承知しなければならない。かつて日本には鎮守の杜、神祉やお官を真中にして地域社会があり、人の命は神様からいただいたもの、人命をあやめてはならないという教えがあった。天照大御神であれ神武天皇であれ、宗教は日本人の心の文化であり、それを大切にしようとなぜ教育の場で言えないのか。信教の白由があるから触れてはいけないのか。それはおかしかろう。神仏を大切にしようと学校、社会、家庭で言うことが、日本という国の精神に一番大事なことではないのか大体がそういった趣旨のことだった(『朝日新聞』二〇〇〇年五月十七日)。

 他方、太平洋を隔てたアメリカで、これとほぼ同じことを、キリスト教を下敷きにして叫んできたのが「宗教右翼」、あるいは「キリスト教右翼」と呼ばれる人々だった。


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たしかに、日本の右翼も、アメリカのファンダメンタリストも、「現在社会の迷走と乱れは、自由主義ヒューマニズムの無道徳思想にあった」と考えている点で一致している。

結局、戦後自由主義ヒューマニズムの無神論教育から生まれたのは、「徳」を失い、功利にのみ走る人々、「おれおれ詐欺」、幼児や高齢者の虐待、児童連れ去り、盗撮・痴漢教師、通り魔、援助交際の女子高生などの「人間もどき」たちであった。

20世紀が「アメリカの世紀」であり、圧倒的な力を持つアメリカ文化が、映画・音楽・政治・経済などを通じて世界中を巻き込んだとするなら、21世紀を迎えた今は、その功罪を評価して、新しいあり方を探るべき時だと言ってよいと思う。

しかし、残念なことに、この20世紀のアメリカの自由主義ヒューマニズム文化に対する評価として登場した様々な運動は、総じて、復古主義に留まっている。

イスラム原理主義は、「コーランに帰れ」と言い、キリスト教ファンダメンタリズムは、「初代教会に帰れ」と言い、日本右翼は「天皇制復活」と言う。

しかし、当然のことながら、何かを乗り越える者は、それによって乗り越えられた者であってはならない。つまり、コーランや初代教会や、天皇制が、自由主義ヒューマニズムによってかつて乗り越えられたという事実があるならば、単に原点に帰るだけでは、また同じ過程をたどって自由主義ヒューマニズムに乗り越えられるだけである。

最近日本の知識人から、「ローマの時代の多神教は寛容だった。日本の神道も多神教であるから、日本神道に復帰すべきだ」とか、「西洋思想の何でも『敵味方』に分ける対立的二元論的発想は、同時多発テロ、イラク戦争など、争いをさらに生み出すだけで平和をもたらすことができない。このような発想をしない東洋思想に帰る必要があるのではないか」といった見解が出始めている。

しかしこれは、西洋近代が生み出し、自分たちがそれによって多大な恩恵を受けてきた巨大な遺産を無視するもので、対象の分析が粗雑なのでまったく発展性がない。相手を批判するならば、相手のことをよく知り、内容を掘り下げ、その長所と短所を見分けて、長所を伸ばし、短所を省くという緻密な作業が必要なのであって、単なる「昔に帰れ」的な発想では有効な批判・提言を生み出すことはできない。

批判者には分かりづらいかもしれないが、現在のアメリカ・ファンダメンタリズムのキリスト教は、「原点回帰」しか訴えることをしない復古主義である。

たしかに、「聖書を無謬とせよ」とか「初代教会に帰れ」、「アメリカはピューリタンの国だ」とか言うが、歴史的反省という緻密な作業をすっとばしているので、内容がまったくない。その証拠に、その実際の神学は、19世紀前半に現われ、近代哲学に強く影響されているディスペンセーショナリズムという新興神学に強く影響されている。

そのため、彼らが、「アメリカの建国の理念に帰り、キリスト教の影響を回復しよう」と唱える時に、そこで用いられる実際的な方法は、マルクス主義や、帝国主義的な力の論理などでしかなく、歴史的過去への反省が行われた形跡がまるでない。

これでは、同じ失敗を繰り返し、キリスト教の評判を落とし、かえって人々の気持ちを離反させるだけである。

再建主義は、過去の遺産を緻密に分析し、歴史的反省を踏まえた上でなければ、新しい提言はできないと考えている。

ラッシュドゥーニーの著作一つ読んだだけでも、「極右」などという評価はできないはずだ。

 

 

2003年12月12日

 

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