間違いはハッキリ言うつもりです

 

私は誰をも怒らせようとして怒らせたことはなく、誰をも侮辱しようとして侮辱したことはありません。

再建主義に対して反感を持っているとすれば、「自分が築き上げてきた人生の城に対してメスを入れられ、プライドを傷つけられた」からであることが圧倒的に多いでしょう。

これは、パラダイム・シフトに伴う必然的な現象であり、反感を抱く本人に原因があることが多いでしょう。

Y牧師の件では、Y牧師は何度も何度も繰り返してウソと中傷の情報を流し、それに対して何度も警告したにもかかわらず、無視し、返答がないため、あのような措置になりました。
インターネットにおいて私の批判をする人々はたくさんいますが、ノンクリスチャンやレイマンのクリスチャンが言うのと、長老教会の中会の教理委員長が言うのとは重みが違います。影響力を考えるならば、それ相応の責任を取ってもらうのは当然のことです。

「罪を犯している人をみんなの前で責めなさい。」

もし戒規を施行することが厳しすぎるというならば、他にいかなる手段があると言うのでしょうか。

罪を放置すると、罪は広がります。教理委員長がやれば、他のクリスチャンも同じようなことをしてもよいのだ、と誤解してしまいます。

M教会の場合は、やりすぎといえるでしょう。
自分から進んで悔い改めを申し出た人間を、「これぞチャンス!」とばかり、長老会にかけて詰問し、教会総会で発表して恥をかかせるなんてのは、子供かヤクザのやることです。
それも、大きな罪ではなく、単に「長老について誤解していたので、謝りたい」と自分から進んで申し出たくらいのことで(これは罪ではないでしょう)。
自分の個人的な憤懣があるからといって、それを長老会という神の権威を借りて復讐するなんて、そもそも、神に対する恐れがないからだ、と言ってよいでしょう。
非常に奇妙なことなのですが、こういったことをやって、兄弟に対して大きな恥辱を与えるような教会は、そのことを反省しないばかりか、退会者を問題視することさえするものです。

Y牧師はこのM教会を見て、再建主義に反感を持ったようです。「富井さん、あそこにはキリストがいないんですよ。」とすら言いました。しかし、このような異常な行動は、このM教会の問題であって、再建主義全体の問題ではありません。Y牧師は、坊主憎けりゃ袈裟まで…とばかりに、再建主義をカルトだの何だの、根も葉もないことをHPで垂れ流しています。

ある意味において、M教会は再建主義を自称していませんが、外部からは再建主義の教会と見なされているので、自分の行動には責任を持って欲しいと思います。

それから、実の父については、もうすでに述べたように、聖書は、誰かが兄弟姉妹に対して、あからさまに異端的見解を表明した場合、その人に対して何度かの訓戒を行い、それでも言うことを聞かない場合は、除籍にするように命じています。

「分派を起こす人々は、一二度訓戒した後、除名しなさい」とパウロは述べています。


同じ親族を何だ?と思われるかもしれませんが、こういった公の席において行われた大胆な罪を放置することは絶対にできません。

今日、「地上のことは地上の原理で…」と考える人は多いので、私のとった態度に驚かれたかもしれません。

しかし、問題は私のほうにあるのではなく、「地上のことは地上の原理で…」などというマルキオン的異端思想をあたりまえのこととしている今日の教会にあります。

それを厳しすぎるというならば、私は、尋ねたいのです。

では、「地上のことは地上の原理で」というのが聖書的な教えである証拠はどこにあるのか。

万物は神の所有であるはずです。そして、神は一人、法は一つであるはずです。それならば、どうして、地上に関しては神の法は通用しないのでしょうか。

あっきらかにオカシイじゃないですか!

たびたび申し上げているように、教会は、カントの二元論(叡智界と現象界を分離。
キリスト教は現象界にタッチできないとする)に巻き込まれたのです。異端になったのです。

異端から解放される唯一の道は、何ですか?

悔い改めること以外にないじゃないですか。

それを私たちはいっしょにやりましょう!と言っているんです。

これがバッサリ切り捨てることでしょうか。

そんなつもりまったくない。

むしろ、「救われて欲しい」と思っているから、ズバっと言っているんです。

みなさん、はっきり言いましょう。

このままカントに騙され続ければ、キリスト教は死にます。そして、私たちが救われていたと思っていた人が、実は救われていなかったということがありえるのです。

なぜならば、私たちが「御国の鍵を持ち去っている」からです!

間違った教えによって、私たち自身だけではなく、私たちが指導する人々をも地獄に連れて行くことになるのです!

だから、どんなに冷たいだの、非情だの言われても、これからも間違いは間違いとしてハッキリ言うつもりです。


 

 

2003年05月08日

 

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