こういう活動をしていると誤解というものに悩まされる。
自分の頭で考えていることと違ったように受け取られることは日常茶飯事である。
それは、社会のどこにでも存在するが、クリスチャンの場合、誤解というものは極力さける必要がある。
なぜならば、クリスチャンの間において平和が崩れることは、神の国の停滞だからだ。
人体において臓器の間に不調和があれば、健康は失われる。
組織体が健全に機能するには意思疎通が十分でなければならない。
血液が十分に回らない部分が壊死するように、意思疎通がうまく行かないと神の国はうまく機能しない。
そこで、聖書では、クリスチャン同士の真実が強調されている。
ですから、あなたがたは偽りを捨て、おのおの隣人に対して真実を語りなさい。私たちはからだの一部分として互いにそれぞれのものだからです。(エペソ4・25)
我々の間では、嘘はご法度である。
常に真実を語るべきだ。
もし我々が兄弟姉妹に対して嘘を語るならば、それは、神の国全体、キリストの御体の健康を害していることになる。
もう一つ、クリスチャンは互いに対して嫌味や悪口を言ってはならない。
嫌味や悪口は、人体の互いの部分が互いに対して攻撃することであり、どちらかが癌細胞になることに等しい。
我々は、たとえ批判するにしても、聖書の教えに基づく建設的な批判以外には行ってはならない。
神の国を建て上げる以外の行動は、ことごとく秩序破壊である。
聖書に基づかない批判をして兄弟姉妹を困らせ、良心の呵責を感じない人は、本当はクリスチャンではない。
自分の体を痛めて平気な人は、実はその体に属していないのである。
よく嫌味を言う人々がいるが、クリスチャンらしくない。
嫌味とは、操作である。
自分の思い通りに相手を動かしたいという野心が隠れている。
自分が中心になり、神の国を横領しようとする行為であって、このような行動を取る人はのろわれる。
言葉においても行動においても互いに対して実直で、正直、曲がったところのない人間になることが、我々の目標である。