秦氏の故郷シルクロードにあったユダヤ系キリスト教国「弓月国」は別名「三カ月国」とも呼ばれていた。
さて日本書紀には、秦氏渡来について弓月君が百済より127県の人々を率いてやってきたと記載があるが、「弓月君」という名前は、シルクロードの通り道にあり中央アジアに栄えた「弓月国」と関連しているのではないだろうか。
ところで「資治通鑑」によると「弓月国」は「三カ月国」ともよばれており、「弓月国」は3世紀から6世紀ごろに栄えた「キリスト教国」だったのである。
この弓月国周辺には、ユダヤ人コミュニティが点在しており、キリスト教徒とユダヤ人が絹の貿易を独占していたのである。
秦氏はこうしたユダヤ人コミュニティとの深い関連が予想される。
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なぜ「月」なのだろうか。
私は、おそらく、この国があった場所と関係していると思う。
大陸の西にはイスラエルが。そして、弓月国の東にはまだ土地が広がっている。
つまり、中間だ。とすれば、それは月だ。
ユダヤ系キリスト教徒であった秦氏は、ユダヤの象徴表現に通じていた。聖書において、天体の序列は、星→月→太陽である。
秦氏は、大陸を月の土地として認識していた。
だから、弓月とか三日月という国名を使用したのだろう。
この秦氏が日本にやってきた理由は、太陽の土地に移り住むためだ。
東の果ては太陽の地である。だから、彼らが日本列島にやってきたときに、この国を日本と名づけたのだろう。
彼らがもともといたローマは、星の土地である。イスラエルも星。
それは日が沈む場所。夜の国だ。
今でもEUやイスラエルの象徴は星である。
そして、中東や中央アジアなどイスラムの象徴は月。
仮に秦氏が宗教的動機で日本に移住したとすれば、それは、イエス・キリストの象徴が太陽だからだろう。
ヨハネは、「天地を照らすまことの光」と呼んだ。
秦氏が日本を「イエス・キリストの国」と考えていたとしても無理ではない。
だから、秦氏の神社において天照大神が祭られている場合、それがキリストをさしていると考えることができる。