ア・ミレこそが、オランダを世俗化させた張本人だ
ヴァン・ティルもドーイウェールトもアブラハム・カイパーもオランダ人である。
ダッチ・リフォームドがこれだけの偉人を輩出しながら、なぜ現在オランダという国は世俗化の頂点に立つのだろうか。
アムステルダムの堕落ぶりは何だろうか。アブラハム・カイパーは、こんな国にするために寝る間も惜しんで仕事をしたのだろうか。
オランダ改革派の問題点は、ア・ミレにあったと考える。
ヴァン・ティルですら「麦と毒麦の違いは顕著に現れ、最後には背教が現れる」と述べた。
アメリカの改革主義が歴史的にポスト・ミレであるのに対して、アメリカのオランダ系改革主義はア・ミレである。
ア・ミレは、実質的に人々に教会の勝利を確信させない。
これだと信仰が弱くなるのは不可避である。
歴史観の失敗は決定的失敗である。
共産主義ですら、ポスト・ミレである。
「我々は今迫害されているが、勝利は我々の手にある。必ずプロレタリアートは勝利する」と信じる。
思想信条が生き残るためには、絶対に「楽観的終末論」でなければならない。
聖書は徹頭徹尾楽観主義である。
我々キリストにある者は、死に勝利した。我々は死なない。
我々が肉体を離れる際に、瞬時にして御霊のからだが与えられる。
まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。
まことに、まことに、あなたがたに告げます。だれでもわたしのことばを守るならば、その人は決して死を見ることがありません。(ヨハネ5・24、8・51)
平和の神は、すみやかに、あなたがたの足でサタンを踏み砕いてくださいます。(ローマ16・20)
彼ら[無千年王国論者]は、聖書律法が文化に対して必然的に効力があるということを否定する。なぜならば、彼らの終末論的解釈を受け入れるならば、「忠実なクリスチャンがこの歴史の中で、この地上において、文化的に勝利することなどありえない」と結論する以外にはないからである。自己認識は進むだろうが、事態は時間とともにますます悪化する。
http://www.millnm.net/qanda3/82O96NCVuVtxs79599.htm
2010年8月19日
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