字義的解釈と象徴的解釈の区別44
<Q>
わかりました。この間の日曜日にN先生にミレニアムのサイトに質問した内容があったと言ったら、そうゆう事を言ったの、と少し首をかしげて。そして、ちよっと待っててと言い隣の部屋からプリントを持ってきて私にこれ読んでおいて、ともらったプリントはディスペンセーションの誤りと書いてありその中にセミ、ペラギウス主義があり、富井先生のいい回しがこれに似てるなあと思ったのでちよっと聞いてみました。
<A>
さらに誤解していただきたくない点ですが。
アダムは「騙されたから」罪に落ちたという私の表現を「反逆するつもりではなかった」と考えて欲しくはないのです。
アダムは、反逆したのです。
彼は意図的に不服従を行ったのです。
彼はサタンの誘いに乗って「自分も神のようになりたい」と思ったのです。
騙されたというのは、「このような自己神化が成就し、神のようになれる」ということを信じたということです。
無我夢中で善悪の実を食べ、まったくわけもわからず罪を犯したということをいおうとしたのではありません。
アダムの罪は「無知」に起因するのではなく、やはり「意図的な反抗」にあったということです。
しかし、サタンという「神の次に知識があった存在」が犯した罪とは、責任の重さが違うということです。
2007年2月13日
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