暴力革命は聖書的ではない


>バプテスマのヨハネの言葉(ルカ3:19〜20)とローマ13:1〜2
>の整合性をどう考えたらよいか見解があったらコメントをお願いします。

キリストは、世界の王であり、預言者であり、祭司なので、キリストにつながるクリスチャンもこの三重の使命を帯びています。
だから、ヨハネのように、預言者として、為政者の罪を糾弾し悔い改めるよう求めるべきです。
しかし、同時に、為政者は、神の任命を受けて、その国を支配しているので、そのヒエラルキー、秩序に従うべきです。

クリスチャンは法的には王ですが、しかし、実際的には王でない場合があります。
その場合、クリスチャンは、「わたしには王権が神から与えられているのだから・・・」と言いながら、為政者を革命によって退位させることはできません。
あくまでも「剣を取る者は剣によって滅びる」という原則を守るべきです。
現行の法律を遵守しながら、徐々に周りの信頼を受けて着実に地位を向上させるという、ヨセフが取った方法に従うべきです。
神はレイピストではありません。
だから、我々もレイピストになってはなりません。
かつてのイスラエルのように、人々が自ら「私達は神様に従いたい。聖書律法を守りたい。」と言って、神との間に国民契約を結ぶまでは、無理やり服従させる方法をとるべきではありません。

武力は何でもダメだというつもりはありません。

武力革命、クーデターによって政権を奪取しようとした人々や、侵略しようとする外国軍隊に対してクリスチャンの政府が武力で対抗することは、「神の立てられた秩序のための自己防衛」であるため合法です。

 

 

2004年10月2日

 

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