日本に関する仮説10
飛鳥昭雄氏は、『失われたカッバーラ「陰陽道」の謎』(学研)の中で興味深いことを述べておられる。
ユダヤのカバラ象徴学(本書ではオカルトのカバラと区別してカッバーラと原音に近い表記がされているが、本稿では区別しない)において、生命の樹は最も中心的な象徴である。
それは、3柱3段階に区分されており、3 x 3の宇宙観を表現している。
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真中が高い3つの柱は、三神を表現し、1から10まで番号をふった球(セフィロト)は、それぞれ十戒の第1戒から第10戒に対応している。
第1戒から第3戒までは神との直接的な関係に関わる戒めなので、これらを結ぶ三角形は至高世界を表現している。これは幕屋における「至聖所」に相当する。
第4戒から第6戒までは(恐らく、神が立てた権威との関係に関わる戒めなので)これらを結ぶ三角形は中高世界を表現している。これは幕屋における「聖所」に相当する。
第7戒から第9戒までは(恐らく、隣人との愛の関係に関わる戒めなので)これらを結ぶ三角形は下層世界を表現している。これは幕屋における「幕内(つまり囲いの中)」に相当する。
第10戒は、悪魔が貪りによって堕落したことから、精神の地獄を表し、3つの世界には含まれないという。これは幕屋における「幕の外(つまり囲いの外)」に相当する。
1から10までのセフィロトを線で結ぶと、稲妻の閃光の形が現われ、神社の注連縄から下がる紙垂に似ている。
急に神社の話しを出したので唐突に思われたかもしれないが、日本の神道には、カバラが深く関わっている。日本の数多くの神社を作った秦氏は、同時に陰陽師の祖でもあった。陰陽師「芦屋道満」の本名は「秦道満」である。陰陽師のトップ「陰陽頭」の裏名は「漢波羅(カンパラ)」という。
陰陽道の表のシンボルは五芒星であり、カバラでは「ソロモンの星」である。陰陽道の裏のシンボルは六芒星であり、カバラでは「ダビデの星」。
カバラの3 x 3 の宇宙観は、次の三方陣で表される。
492
357
816
七五三は、3 x 3 の升目の中でどの列を足しても15の同数になる5を中心とした三方陣を象徴しているのである。
門松も、3つの節を持つ真中が高い3つの柱が一つに束ねられており、生命の樹の構造になっている。それが2つで1組になっているのは、旧約聖書の神と新約聖書の神が同一神であることを示唆している(227ページ)。
草冠も同じように奥義が隠されているという。草冠の元字(屮屮)は、三叉が二本で一対となる構造。三叉は「山」という字の真中の柱が下に伸びたフォーク状をしており、三一神を表す。これが2つあることで、門松と同様に、新約の神が合わせ鏡で旧約の神と同一であることを示す(226ページ)。
富士山が「神山」と呼ばれるのは、そもそも「山」という漢字そのものが三柱を示す表意文字であり、三神をもって山を拝する意味となる。
富士山は、さらにその形状が生命の樹の形をしている。最も高い新富士火山とその左右にある古富士火山と小御岳火山が合体した形で成っており、三つの柱が並び立つ生命の樹を表しているので、「神山」と呼ばれるという(225ページ)。
また、相撲の位階制度も、生命の樹に従っている。相撲とは神事であり、それを司る行司は神主である。
相撲の最高位は横綱だが、これは後に作られたもので、本来の最高位は「大関」だった。
上位から「大関」「関脇」「小結」の三役は、最高位の3つのセフィロトからなる「至高世界」を形成する。
幕内の「前頭」は「中高世界」にあたり、幕屋における「聖所」に対応する。前頭は15枚目であるが、これは、5枚 x 3=15であることに注意。つまり、5枚単位で、3つのセフィロト4から6に対応している。
幕下の「十両、幕下、三段目、序二段、序の口、前相撲」は、「下層世界」にあたる。2個 x 3 = 6 であり、2個単位でセフィロト7から9に対応している。
興味深いことに、千秋楽に東西の三役力士が揃い踏みする配置は、
(東)
○
○
○
(西)
○
○
○
であり、あわせると、六芒星=ダビデの星になる。
土俵は別名「蛇の目」と呼ばれている。蛇は、伊勢神宮の外宮の祭神で、八咫烏によれば、モーセの青銅の蛇を表すという。もちろん、モーセの青銅の蛇とは、メシアの予表である。つまり、土俵は、メシアの目を表す。
また神社で厄払いのために行われる「茅の輪くぐり」の「茅の輪」も蛇の目である(210ページ)。
以前ご紹介したように、この茅の輪くぐりの由来(『備後国風土記』)は興味深い。
武塔神が、蘇民将来・巨旦将来という兄弟の家に宿を求めたが、兄の蘇民は貧しいにもかかわらず、快く引き受け、貧しいながらにもてなしをしたのに対して、弟の巨旦は拒否した。数年後、武塔神が八柱の子を連れてきて恩返しをしようといい、蘇民と妻と娘の腰に茅の輪をつけさせた。
その夜、この三人を除き、巨旦とその家族を含め周りの者らは疫病で死んだ。武塔神は「自分は速須佐能雄神(はやすさのうのかみ)だ。後世に疫病があれば蘇民将来の子孫といい、茅の輪を腰に着けよ。災厄は免れる。」と言った。
どこか出エジプト記の過越の物語を思い出さないだろうか。
横綱のまわしは蛇の目であり、この茅の輪と同一である。蛇の目を腰に巻くことによって、横綱は蛇神(=外宮のモーセの青銅の蛇=メシア)と一体となり、太刀持ちと露払いを両脇に従え、三柱を形成する。
また、茅の輪という蛇の目を腰に巻いた姿は、人々に蘇民将来の教訓を想起させる。つまり、信心深い者だけが助かること、そして、(その字の解き明かしから、)民(=日本民族)が将来蘇る(=自分たちの国にヘブライの奥義が無数に隠されていることに気付く)こと。
熨斗袋の右上にある護符は、生命の樹のセフィロトを結んでできる変形六角形の形をしている。これは、伊勢神宮の護符でもあり、古くから魔よけとして利用されてきた。中を開けると禍が来ると恐れられたのは、むやみにカバラに触れることを禁じるのと同じである。
そして、護符の上には「蘇民将来」が必ず記されていた(309-310ページ)。
生命の樹の図は、奈良にある酒船石に(変形ながら)刻まれている。
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この石の生命の樹では、至高世界のセフィロトが東におかれ、下層世界のセフィロトが西に置かれている。このことから、カバラ象徴学において、東が至高世界を、西が下層世界を象徴していたことがうかがい知れる。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tetsuzan/web/sakafune.htm
至高世界、中高世界、下層世界は、太陽、月、星という聖書が示す天体の栄光の順番と対応している。興味深いことに、極東にある日本の象徴は太陽で、極西にあるアメリカの象徴は星である。また、ユーラシア大陸の西にあるイスラエルの象徴は星、その中心に広がるイスラム諸国の象徴は月である。
古代ユダヤ人は、東を神聖視し、東へ移動することを生命の樹を上ることと考えていたのかもしれない。
日本を最終目的地、黄金の国としたのは、東西の序列を、金属における栄光の順番である金銀銅に当てはめたからなのかもしれない。
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http://vimon.ld.infoseek.co.jp/Zipang/j-0027.html
2005年1月18日
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