律法はいのちを与えないか?20


イザヤ・ベン・ハーさんへ:

的確で正当な質問です。

ただ、書いた文脈を読めば、ルークさんも私も同じように「バージョンアップ」と言っているので、両者に対する議論となっているわけですよね。

「ここのヘブル書の文脈は明らかにメルキゼデク系がモーセ律法とは別系統であることを論証しようとしている箇所ですね。素朴な疑問を感じました。」

聖書ってのは、一つの個所で言われていることと、他の個所で言われていることを総合して解釈しなければならないのはご存知ですね。

「聖書は聖書によって解釈する」というのが原則です。

そうした場合に、モーセ系律法が廃止され、まったく別系統の律法(メルキゼデク系律法)が登場したと考えると、では、パウロが聖書の中において「信仰は律法を確立する」や「律法も言うように…しなさい」イエスが「一点一画たりとも地に落ちることはない」というような無数の律法永遠確立論の個所とどのように調和させるかが問題となる。

この点について神学者は古来考えてきた。

プロテスタント宗教改革の総括であるウェストミンスター信仰告白では「律法は今日でも有効」と結論した。

つまり、歴史的にプロテスタント教会は、メルキゼデク系律法は、モーセ系律法とまったく異なる系統のものではない、いやそれはモーセ系律法のバージョンアップ、つまり、普遍化されたモーセ律法と結論されてきたということなんですわ。

まさか、この結論すらこのサイトでは否定するんじゃないでしょうね…。^^;

 

 

2005年10月17日

 

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