日本に関する仮説14


日本のイメージをあらわすのにもっとも相応しいのが、「タイムカプセル」である。

昔のものが土の中に埋められていて、誰もみな忘れてしまった。しかし、ある偶然のきっかけでそれが発見され、昔のものが現在によみがえった。

恐らく、浦島太郎の物語は、このタイムカプセルを表しているのだろう。彼は亀に連れられて竜宮城につれられて、そこで乙姫から玉手箱をもらって帰ってくる。玉手箱を開けると、煙が出て一挙に老人になってしまった。

この物語と関係する籠神社(奥宮真名井神社)(*)に、友人のK氏は、1988年に偶然に訪れ、そこに六芒星を発見する。

六芒星(ダビデの紋)が載っている石碑は、なんと彼ら一行が到着する直前まで土の中に埋められていて、地元の有志の人々が掘り起こし、御影石の立派な石碑として復活していた。

K氏は、この石碑にある六芒星と、岩から流れ出る水、天と地を結ぶ天橋立、食物の神を祭るその奥宮真名井神社つまり「マナ」を見て、悟った。

「これは、旧約聖書を知らなければけっして作ることができない場所だ!」と。

まさしく彼があそこで体験したことは、タイムカプセルの発見だった。2000年前よりも昔に、ユダヤ人がここに来て、ある重要な真理を隠したのではないか。それが今よみがえったのではないか。

私はこの話しを聞いても、しばらくの間半信半疑だった。しかし、籠神社の神主がはっきりと「我々の神社はユダヤの神をまつっている。わたしの先祖はユダヤ人である。」と言ったときに、目が覚めた。

しかも、後になって、飛鳥昭雄氏が神道の総元締めである八咫烏と面談したおりに、そのトップ大烏が彼に、伊勢神宮の御神体が日本に最初に上陸したのは籠神社だったと述べたのを読んで驚愕した。

やっぱりあの事件は偶然でも思いこみでもなかったのだ。

神は、日本の大きな秘密を彼を通じて明らかにしておられるのではないだろうか、と考えはじめた。

K氏の籠神社訪問は、まさしく浦島太郎の物語である。彼をそこに連れていったのは、アマチュア歴史家のH氏である。

H氏がK氏と出会ったのは、H氏が様々な事業を手がけたが失敗して職を失っていた時期だった。車の知識も技術もなにもないH氏を、K氏がきちんと最初から高額で雇って、技術も一から教えて修理工として育ててあげたのである。

まさにH氏がK氏を籠神社に連れていったのは、助けた亀が竜宮城に連れていったのに似ている。

飛鳥昭雄氏は、興味深いことを著書の中で語っておられる。

秦氏一族は、遠く大秦(ローマ)からやってきた渡来人であり、原始キリスト教を持ってきたのだと。

エウセビオスによると、エルサレムがローマによって滅ぼされる直前に、クリスチャンたちのもとに天使が現れ、すぐにその町から離れるようお告げがあった。

そこで、彼らはヨルダン川の対岸のペレア地方に逃れた。しかし、聖書はその後のことについて沈黙している。

飛鳥氏は、彼らは遠く東方に移動し、日本に来たのではないか、と推理する。

八咫烏の先ほどの言葉と合わせると、興味深い推論が成り立つという。

つまり、この原始キリスト教エルサレム教団の人々は、エルサレムから「御神体」を持ち出して、それを日本に持ってきた。はじめに籠神社のところに上陸し、そして、その御神体は、伊勢神宮の移動とともに移動し、最終的に五十鈴川(**)のほとりの現在の場所に落ちついた、と。

その御神体とは「十字架」であるという。

エルサレム教団の人々は、イエスのついた十字架を大切に保存し、それを誰も想像すらできない、はるか極東の地にまで持ってきて誰の目からも隠しておいたのだ、と。

非常に興味深い説である。

事実、飛鳥氏は、八咫烏との面談の中で、この奥義について鋭く迫っている。

八咫烏によると、十字架は内宮正殿の正中直下に、真っ白な絹で被われて奉られているという。

不思議なことに、2000年たった今でも、まったく腐敗せず、真新しい木材のままであるという。

地下殿には、契約の箱もあり、20年に1度の式年遷宮のときは、契約の箱はもちろん、忌柱・天御柱=十字架も、新しい正殿の正中直下になるように移動されるという。(『失われたキリストの聖十字架「心御柱」の謎』、学研、235−236ページ)

契約の箱の上に十字架が立っている形に置かれているというのは非常に興味を引く。

なぜならば、十字架で流された血潮が神殿の中心である契約の箱にかかるように配置されているというのは、キリストの贖罪の意味をよく表現しているからである。

イスラエルの神殿において、大祭司は犠牲の血を至聖所に持ちこみ、契約の箱に注ぎかけて、イスラエル全体の贖いを成し遂げたのだ。

ベンハーの映画のシーンのように、イエス・キリストの十字架上での血潮が地に流れて消えてしまった、ということはなかったのではないだろうか。(***)

もしこの八咫烏の話しが本当ならとんでもないことである。

しかし、神のなさることは、常に人間の思惑を裏切る。

誰も想像もしなかった日本に契約の箱と十字架があったなんて!

世界の人々の度肝を抜くビッグニュースになることは間違いない。

今までのK氏と私に対する神の導きを考えるときに、このような結論になっても不思議ではないと思う。

神がこのとてつもないことを世に明らかにされるのも近いという予感がある。


(*)籠とは、祭神である彦火明命が竹で編んだ籠船で竜宮へ行った故事からつけられた。(http://www.kimura-product.co.jp/kiyouto/kiyouto04.htm) この籠船が亀に変わったのは、恐らくどちらも六芒星を表すからだろう。カゴメは六芒星で、亀の甲羅は六角形である。ちなみに、ここからカゴメ歌の「鶴と亀」の意味が分かるかもしれない(八咫烏は童謡など人目につきやすいところやものに秘中の秘を隠す)。

亀が籠神社を象徴するとすれば、鶴は伊勢神宮だろう(『倭姫命世記』によると、むかしある秋に、伊雑の地で鶴の鳴き声が聞こえ、その地へ行ってみると、稲の一つの根から千の穂が実ってゐて、これは良い稲だと、伊佐波登美神が抜穂にして神宮に献ったといふ。その場所に祭られた「伊佐波登美之神宮」が、伊雑宮のことである。http://nire.main.jp/rouman/ubu/tikata4.htm)。

八咫烏は、この2つの神社を「阿吽(あうん)」だと述べた。つまり、それはAとZ、アルファとオメガ、はじめと終わり。籠神社にも伊勢神宮にも六芒星がある。六芒星は籠神社の奥宮・真名井神社と伊勢神宮の別宮・伊雑宮の社紋である。六芒星であるダビデの星は、天と地の合体、調和、和解を象徴し、それは、イエス・キリストのあがないの業を表す。

鶴と亀と、それぞれが象徴する籠神社(あ)と伊勢神宮(うん)は、合わさって、「私はアルファでありオメガである」と述べたイエス・キリストを表すのではないだろうか。

ある人は、「鶴と亀がすべった」の「すべった」は「統べる」から来ているという。ということは、「イエス・キリストが統治する」という意味になる。

カゴメ歌は、「籠の中の鳥(籠神社の祭神である天照大神=イエス・キリスト)」が「夜明けの晩(新しい時代の始まり)に出て」、「鶴と亀がすべった(イエス・キリストが統治した)」ということを意味するのかもしれない。


(**)
五十鈴(いすず)は、一説によるとギリシャ語でイエス・キリストのイエスを表す「イエースス」から来ているという。(五十鈴はもと伊須須と書いた。)

実際、真中に「十(=十字架)」が入っている。「いすず」という音を表記するだけなら「五鈴」でいいはずだ。八咫烏は、「漢字は、重大な意味を隠すことのできる文字」と言う。私は、漢字とは、中に様々な意味を組み込むために作られたユダヤ人の創作に思える。

「義」を分解すると、「羊」の下に「我」がある。神の小羊であるイエス・キリストの統治下にある状態が「義」なのだ。

「美」は「羊」が「大きい」。美とは、イエス・キリストが自分のうちに大きくなること。



(***)
ロン・ワイアットは、ゴルゴタの丘の地中に契約の箱を発見したという。その箱には、十字架の血がかかっているとも。

しかし、写真に映ったその箱は、エジプトの壁画に描かれているのと同じ形式であり、蓋を覆うケルビムの羽が前面のほうだけ下に下がっている。それは、壁画で契約の箱とケルビムの姿を見やすくするための創作であり、本物の契約の箱のケルビムは両腕とも上にあげ、箱全体を覆う形になっている。

 

 

2005年5月24日

 

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