死刑制度廃止運動の真の目的
国連など国際的な機関が死刑制度を廃止するように日本に働きかけている。
この意図は何か?人権?大ウソだ。
ルワンダの大虐殺の際に、国連は傍観していた。
ユネスコのクストーは、世界の人口を1日で30万人減らすべきだという。どうやって?
虐殺以外にはないではないか。
国連が人権を尊重しているなんてのは騙しである。
本当のところは人を減らしたいのだ。国連人口基金は堕胎を支持している。アジアやアフリカの彼らが言う「無駄飯食い」を減らしたいと思っている。
国連は、地球環境への負荷低減をうたい、途上国の人口減らしを奨励しているが、資源・エネルギーを大量に浪費し、地球環境破壊に大いなる責任があるのは、先進国(OECD加盟国)である。
まず真っ先に減らすべきなのは、発展途上国よりもこれら先進諸国である。
このような矛盾だらけの国連の政策の基本にあるは、「人殺し」のサタンの知恵である。
国連を支配している霊とは、サタンの霊である。
国連憲章は、1948年にWhittaker Chambersから共産主義者であり、ソ連のスパイでもあるとして告発され、偽証罪で有罪判決を受けた米国人アルジャー・ヒスと、スターリンの手下V・M・モロトフの作である。国連とは、共産主義の世界革命の権化なのだ。
ちなみに、日本を戦争以外選択できない状態に追い詰めた「ハル・ノート」を書いた張本人ハリー・デクスター・ホワイトは、IMFの初代代表であり、世界銀行の創設に尽力した。彼もソ連のスパイである。
このように、国際機関とは、世界統一政府論者の共産主義世界革命の手段であり、世界を統一して、一元管理し、世界の諸国家を中央エリートによる隷属のもとに置くための手段なのである。
これらグローバリストの傀儡である国際機関の言うことをまともに聞いてはならない。
彼らは世界統一政府樹立のために、国民国家の解体を目指し、これを実現するために、国の土台である家族や法秩序を破壊し、国を弱体化することを目指してきた。
国の弱体化のためにグローバリストが取ってきた策略の一つは、ポルノの蔓延である。これにより、家庭の土台を破壊してきた。プレイボーイ誌の創刊者ヘフナーに影響を与えたキンゼーレポートは、ロックフェラーに資金援助されていた。
グローバリストたちが国家の法秩序を破壊するために取ってきたもう一つの方策は、死刑廃止である。死刑廃止によって凶悪事件が誘発されるのは当然のことだ。殺人者や犯罪者は、結果を考えながら行動する。死刑は殺人の抑止力になる。
常識的に考えてみれば分かるだろう。次のような実験は実際に行わなくても結果は明白である。すなわち、取ると電流が流れる餌と、流れない餌のどちらをねずみが選択するか?
よく先進国で日本だけが死刑制度の維持を望んでいるなどという統計がまことしやかに宣伝されているが、実情はまったく違う。
American Prospectのワシントン編集者Joshua Micah Marshallによると、70年代半ばに死刑を廃止したカナダは、国民の60%から70%が死刑制度の復活を望んでいる。アムネスティの本部があるイギリスも、調査において、国民の3分の2から4分の3が、死刑制度を希望していることが明らかになっている。これは合衆国と同じ水準である。
戦後死刑制度を廃止し、近年死刑反対運動を国際的に主導しているイタリアですら、国民の半数が死刑の再開を望んでいる。1981年に死刑が廃止されたフランスは、大多数の国民が死刑制度を支持している。
http://www.wesleylowe.com/cp.html#history
ヨーロッパ諸国の世論が、死刑制度の復活を支持している背景には近年の犯罪の増加という事情がある。
パリ、マドリッド、ストックホルム、アムステルダム、トロント、他の大都市において近年犯罪の発生率は記録的に上昇した。イギリス法務省(British Home Office)の2001年の調査によると、合衆国を除いてすべての裕福な国々において1990年代後半から暴力犯罪や窃盗が増加した。1990年代初頭から、合衆国の窃盗犯罪の発生率は、イギリス、カナダ、フランスのそれよりも低い。また、EU全体、オーストラリア、カナダの暴力犯罪率は、合衆国と同じかそれより高い。かつてコスモポリタン社会主義者の繁栄の象徴と言われたスウェーデンですら、犯罪被害率は合衆国よりも20%高い。
もう一つの要因は、ヨーロッパの統合が作り出した求心的圧力である。フランスやドイツなどのEUの中心的国々が彼らよりも小さな新規加盟国に対して、死刑制度廃止などの「ヨーロッパの」基準を採用するように圧力をかけている。換言すれば、新規加盟国は、EUに加盟する際に、政治的・経済的な脅迫に屈しているのだ。
http://www.wesleylowe.com/cp.html#history
ヨーロッパの議会政府とアメリカの権力分離制度との違いも一因である。議会政府は、・・・政治の世界に新しく加わる人々や、異なる政治的な見解を支持する新しい考えに抵抗する。議会制度では、人々は、党に投票し、個人に投票しない傾向がある。党の委員会は、選挙の候補者を選出する。この結果、党は、人々の意志に影響を受けることが少なくなる。イギリスやフランスのような国々では、エリートたちの意見が一致している限り(死刑に関しては、一致している)、大衆の意見は立法活動に反映され得ない。アメリカの候補者のほとんどは、独立して活動しているので、大衆の意見と実際の政治的活動の間を直接的に結びつけることが可能である。
基本的に、ヨーロッパにおいて死刑が行われていないのは、合衆国よりも政治制度が民主的ではなく、民衆の意見が反映されにくいからなのだ。エリートたちはこのことを知っている。フランスに関して言えば、ユネスコの雑誌の最近の記事において、あるクーリエはこのように述べた。「そのほとんどが死刑制度を支持する地元住民の意見を封じ込めるには、政治的リーダーによる勇敢な活動が必要がある」と。
1997年の意識調査において、スウェーデン人の49%が死刑制度の復活を望んでいることが示されると、同国の法務大臣は、リポーターにこう伝えた。「国民は、実際のところ死刑制度など望んではいないのです。彼らはただ暴力の増加に反対しているだけです。私は、これを、政治家や法制度にもっと仕事をしろとハッパをかけていると解釈しています」と。
2009年1月30日
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