精神的な問題の正しい解決法
今から20年前、ある心理学者が牧会している教会に、精神的な問題をかかえている人が集まってきました。しかし、その後どうなったのでしょうか。詳しいことは知りませんが、主催者がアメリカに帰ったと聞きます。
私は、健全な解決法がない限り心理学のプログラムを使っても問題は解決しないと思います。
イエス・キリストは「私は天地において一切の権威が与えられた」と宣言された。その宣言にこそ、私たちの精神の安定は保証される。
つまり、私たちの問題で解けない問題はないということです。
聖書の言葉にどれだけ信頼できるか、にすべてかかっている。聖書を疑うならば、自分の全実存が崩壊するくらいの信頼がなければならない。
私たちは誰でも被造物に対する信頼を捨てさせられる。時期が早いか遅いかの違いですが。
すべてを試す日がやってくる。それは、焼き尽くす火として訪れる。その火に自分が築きあげてきたものが耐えられるか。
御言葉しか残らないのです。そして、御言葉に基づいて行ったことしか。
だから、それに徹底して依存し、頼ることができれば、あらゆる神経的・精神的な問題は解決する。
この基礎があってそこが出発点。まず信頼すること。そうしたら神が立ち直るのに必要な知識や人を送ってくださる。
たとえば、人間関係が根源ならば、環境をかえるように導かれるかもしれません。
とにかく主に信頼すれば、問題は自然と解決に向かう。
しかし、心理学の解決法は、こういう偶像礼拝の問題を扱わない。被造物に頼る人間の弱さを解決しない限り、いかなる療法も無意味です。
問題は、偶像礼拝にある!と指摘することができなければ、牧師は失格であり、カウンセリングは失敗です。
だから流行とともに去っていく。一過性の運動にすぎない。
私は、聖書的であることに忠実であるならば、一過性の運動にはならないと思います。
2010年5月2日
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