神秘思想はサタンの作った逃げ道である2


神秘思想や占い、オカルトは、聖書が教える超自然的世界では満足できないために、独自に自分の方法でその世界を知ろうとする試みです。

これが非常に危険なのは、「神に頼らないで、その代わりに悪魔に信頼する」からです。

だから、クリスチャンもノンクリスチャンも、オカルトや占いに関わると次第に悪魔に心を占領されます。

私たちは、聖書が示す範囲で満足しなければなりません。仮に誰かが死後の世界に行って来て、そこで地獄の沙汰を見てきたとしても、それを信用してはなりません。

なぜならば、聖書は地獄についてごく一部しか啓示していないからです。

「隠されていることは神に属する」(申命記29・29)ので、私たちは知る権利がないし、また知る必要もありません。

「では、自然科学が自然の神秘について探ることも違法なのか?」と尋ねる人がいるかもしれません。

聖書は、「自然は、神の自己啓示である」と述べているので、自然を探ることは違法ではありません。

死後の世界や未来は自然科学の手法を用いて探れないので、違法です。

たしかに、経済学や未来学で統計的・科学的手法によって未来を知ろうとすることもありますが、これは、「確率的確かさ」を求めることですから、自然を知ることの範囲の中に留まります。

しかし、それが、その範囲を越えて、何らかの霊的知識の領域に入れば、悪魔の力を借りる以外にはなくなります。

このように考えると、プレ・ミレが言っている大患難未来説はオカルトの知識であるということが分かります。

なぜならば、聖書が啓示していないことを言っているからです。彼らが未来に大患難が起こると述べている内容は、実際には、「イエスと同じ時代にパレスチナに住むユダヤ人に降りかかる艱難」に関するイエスの予言です。イエスはマタイ24章において「艱難はこの時代(ゲネア)に起こる」とはっきりと述べておられるので、それは我々にとって未来の予言ではありません。

彼らが「聖書は世界の未来を予言している」といったり「聖書の大予言」や「終末が迫っている」という題名の本を出しているのは、実は、占いの罪なのです。

「知識」に関する問題は、人間にとって根本的な問題です。なぜならば、アダムとエバが堕落したのは、知識に関して罪を犯したからです。

彼らは、神が禁じた知識を手に入れようとしました。

それゆえ、我々は、正当な知識と違法な知識の間に明確な線引きをしなければなりません。

霊に属することはとくに注意すべきです。

あらゆる霊に属する知識は違法だとは言いません。なぜならば、聖書は霊について多くのことを語っているからです。

我々が得ている霊的な知識について、すべて聖書から証明できなければなりません。

キリスト教は、聖書が述べていないことを知ろうとしてきました。そして、それを公然と伝えてきました。マリアや聖人の神格化、煉獄、死後のセカンドチャンス、進化論の受容、非聖書的終末論、非聖書的未来予言などです。

知識は一歩間違えば、悪魔の知識になるので、非常に危険であり、それゆえに注意が必要です。

 

 

2004年6月7日

 

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