古代日本にユダヤ人が来なかったという考えのほうが不思議である


昔、仕事で中央アジアに行った。サマルカンド、ブハラ、タシケントなどのシルクロードの町を訪れて驚いたのが、青い目の人々がいることだ。

入植したロシア人かもしれないが、中国のオアシス都市で、金髪のミイラが見つかっているから、もともとそういう人々の子孫であるかもしれない。

シルクロードのオアシス都市は、アレキサンダー大王の遠征を契機にギリシャ人が植民した。

中国のウイグルには色目人という人々がいて、容貌は西洋人に似ている。

アレキサンダー大王の帝国によって紀元前から東西交流が進んでいたのだ。

日本にユダヤ人が来たはずはない、という人々は、こういった歴史を忘れているか無視している。

こういう歴史がある以上、東と西が分断されたまま独自の発展をしたはずはない。

ならば、どうして古代日本にユダヤ人が来たことが信じられないのだろうか。

ある人々は、天照大神がキリストであるという私の意見をトンデモ扱いする。

しかし、古代日本にユダヤ人がシルクロードなどでやってきた可能性が否定できない以上、彼らが日本の神話形成に重要な影響を与えた可能性も否定できないはずだ。

そうなれば、天照大神の天岩戸神話が、聖書の影響によって生まれたと考えても、それをまったくの荒唐無稽と断定できないのではないだろうか?

中国人にはいろんな顔がある。古代から中国の主な都市は国際都市であり、シルクロードを伝ってやってきた商人が多数いた。中国の製品を売買する人々がシルクロードを行き来したのであれば当然のことだ。

そして、ある人々は、海を渡って日本にもやってきた。日本には巨大な銀鉱山があったし、金も露天で掘れたらしい。

こういう情報をユダヤ商人はめざとく察知して、組織的に来日したはずだ。

ユダヤ人は、宗教的民族であるから、必ず滞在地で礼拝をする。安息日を守り、公同の礼拝も守っただろう。そのための建物も作っただろう。

私から見れば、中国にユダヤ人の来訪の記録があるならば、日本に彼らが来なかったという考えのほうが不思議である。

 

 

2008年6月12日

 

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