世界は破局に向かっているのではなく、完成に向かっている5


恐らく、今の「強度設計書偽造問題」は、構造的なものだろう。

すでに建設業界であたりまえになっていることが明るみに出されただけだ。

昔からこの手の話はよく耳にしていた。

こんな話は、どの業界でもあるだろう。

「罪を犯す者は、罪の奴隷である。」

「悪いと分かっていても、仕事を取るためには仕方がない。」と考える人は、近視眼である。罪は罪を生み、どんどんと深みにはまっていく。最後は破滅である。

不正は白昼にさらされる。

この世界の王がキリストである以上、それは決められた運命なのだ。

サタンは自分の陣営に入っている人に、おいしいご馳走を用意する。そのご馳走に食らいついたら最後だ。

不正が不正を呼び、業界全体が腐っていく。

様々な人々を巻き込みながら地獄に落ちていく。

やっている時は、「しめしめ」と思っているだろうが、実のところは、巧妙な仕掛けの中にはめられているのである。

不正はサタンの騙しによって、綿密な計画のもとに起こっているのだから。

不正に加わる人は、ことごとく近視眼であり、愚か者である。

賢い人は、そのような計画に加わらない。仕事を失って、生計を立てられない? 本当?

サタンは、「世の中、きれいごとじゃすまないよ。パンのことはどうする?家族にパンを届けなければみんな死んでしまうぞ。」とささやく。

イエスは、「人はパンのみにて生きるにあらず。神の口から出る一つ一つの言葉による」と言われ、サタンの誘惑を拒絶した。

賢い人は、この世界が誰の所有であり、誰が王なのかをわきまえる。

そして、その王の意志に反することをしない。

また、王の意志にしたがっている限り、生活の心配はないと考える。

サタンは、目先に心配事をちらつかせて、揺さぶりをかけてくるから注意が必要だ。

近視眼にならずに、最後の最後の結末を想像できれば、間違った選択はしないはずである。

 

 

2005年11月25日

 

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