地上的報いを期待させる教会成長学は誤謬である
途切れることなく注文があって、休む暇がありません。
ふつうの仕事なら、忙しいことが収入につながるのでしょうが、私の仕事はやればやるほど疲弊するだけでお金にはなりません。
次にやる400ページのロシア語翻訳は4か月かけて30万。
1日14時間労働。
やっているのは、自宅でできるからという理由だけ。
翻訳条件は、官公庁に依頼された歴史関連の翻訳を5件以上やったことのある人。
高度の専門知識と技術がないとできない仕事が、こういった待遇であるという異常な世界です。
社会全体で技術者をバカにしているとしか考えられない。
他方、利権のシステムに乗った業種の人々は、毎日ゴルフをやっても月収100万もらえる。
実際そういう人を知っています。
政府からの支援金がある。
私の場合、翻訳のほかに調べ物をして、毎日文章を発表しているので、それにも多くの労力が取られる。
とても普通の生活は見込めない。
だから、こういう異常な生活をするのは、開拓者であるからと考えています。
開拓者には乗っかることができるシステムなどない。
今の福音派で、私が発言したら即刻追い出されるでしょう。
ほぼ自動的に回っている既存のシステムの破壊者として断罪されるでしょう。
社会からほぼ抹殺されている人間が何を言っても聞いてはもらえない。
教会成長学から見れば、私のやっていることは失敗です。
およそ天国での報いを信じることができなければ、こういう仕事はできません。
殉教者はその最たるものでしょう。
しかし、殉教者がいなければ、教会は生まれなかった。
だから、地上的な報酬とは無関係に活動できる人以外は、神の働きはできないでしょう。
文字通り「自分を捨て、自分の十字架を負」わなければ神の国の働きはできない。
地上で報いを受けるならば、天では受けられない。
だから、施しをするときには、人にほめられたくて会堂や通りで施しをする偽善者たちのように、自分の前でラッパを吹いてはいけません。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。(マタイ6・2)
2014年11月13日
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