聖書における死刑制度4
結局、(ディスペンセーショナリズムの影響で)旧約律法を否定すると、「愛」の具体的な内容があいまいになり、死刑を「愛のない行為」と勘違いしてしまいます。
神を愛し、隣人を愛する具体的な内容が旧約律法であり、その旧約律法において死刑が命令されている。
つまり、故意の殺人者の死刑は愛の一部なのです。
しかし、旧約律法を教えられていないクリスチャンにとって、愛の定義はあいまいであり、それゆえ世俗のセンチメンタルなそれを愛として受け入れている。
2015年12月21日
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