信仰の自立を得るには


ある人を徹底的にダメにする最善の方法は、その人を福祉漬けにすることである。

ある民族を滅ぼそうとするのであれば、社会保障をふんだんに与えることである。

人は歩かないと、足がやせ細る。筋肉を動かさないので、だんだん細くなる。

信徒のお世話に走り回るのが牧師の仕事だと感じているならば、完全に誤解している。

牧師の仕事は、「その人を信仰的に自立させること」である。

甘やかされると人は依存的になる。

依存心が強いと、精神が弱くなり、自分で立っていけなくなる。

お世話することによって、信徒はひ弱になり、ちょっとしたことで倒れてしまう。

私は、自立のためのお手伝いをすることにしている。

1.

そのもっとも重要なポイントが、「正しい教理の教育」である。

自立するには、聖書を正しく読み、正しく解釈できなければならない。

偽教理では強くならない。

世俗においてもきちんとした教育に時間がかかるように、聖書についても時間がかかる。

とくに、今日、キリスト教がことごとく敵によって変質させられているので、良書はほとんど存在しない。

カルヴァンのキリスト教綱要のような本は皆無である。

サタンは巧妙に似て非なるものをばらまくので、油断ができない。

そういう意味において、ミレニアムのサイトで自学自習していただきたい。

実力がついて全体像が見えるまで時間がかかる。

しかし、勉強したことは必ず役に立つので頑張っていただきたい。

2.

自立するためには、神によく祈り、直接力をいただく体験をすることである。

自分の心を放置すると、不安や恐れに支配される。

ヤコブのように、神と格闘してほしい。

執拗に食い下がってほしい。

基本、祈りとは格闘技である。

ヤコブが御使いに勝利したときのように、執拗に食い下がらないとだめである。

「主の祈り」の順番にしたがって祈るのがよい。

まず「御名があがめられますように」と。

内容を膨らませて、関連することを祈る。

たとえば、「全世界であなたの御名を賛美する人が増えますように。」

「あなたの御名だけが栄光を受けますように。」など。

自分に信仰が薄くなっており、疑いやすい状況にあるならば、大きな声で「わたしはあなたを信じます!」と叫ぶ。心の中でもいい。

「神様、あなたは何でもできます。不可能なことは何もありません!」と。

こういうときに、誰か人間に頼るならば、いつまでたっても信仰が強くならない。

もちろん祈りの応援を求めることは間違いではない。

牧師や友人に「〇〇について祈ってください」と求めるのは間違いではないし、むしろ、そうすべきである。

しかし、結局、自分で解決する体験を積み上げない限り、信仰は強くならないし、独立も遠ざかる。

間に御名を繰り返し繰り返し唱えながら、祈る。

「御心が天で行われるように、地上でも行われますように」という祈りを膨らませると、

「侵略国や政治家、世界の国境を撤廃しようとするグローバリストたちに裁きを下してください。」となる。

「遺伝子組み換えの種を世界中に拡散し、農業の独占をもくろむイルミナティを叩き潰してください」と。

3.

祈りの霊の中に没頭すると、知らないうちに1時間2時間祈っていることになる。

祈りによって神との太いパイプができれば、補助が不要であるとわかるようになる。

自分と神様の間で完結できるならば、独立である。

組織や人間への依存がなくなるまで徹底して自分を鍛えるならば、世俗的な恐れは消える。

いっさいの被造物を恐れなくなったら合格である。

 

 

2015年11月12日



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