日本は古代から理想郷であった
(1)
日本は裏イスラエルである。
裏イスラエルとは、理想のイスラエルである。
エルサレムに対して、新エルサレムがある。
京都は、平安京と呼ばれていたが、エルサレムもヘブライ語で平安の都という意味。
ガリラヤ湖とエルサレムの位置は、琵琶湖と京都のそれと対比できる。どちらも東北、南西の位置にある。
ガリラヤ湖は、古代ではキネレテ湖と呼ばれていたが、これは、弦楽器の琵琶を意味する。
京都は十字架の形に作られてあり、中に鴨川が流れ、薬効の果樹が植えられているが、これは、新エルサレムと同じ。
新エルサレムは、60mの高い城壁に囲まれていたが、日本は海という天然の城壁に囲まれている。
(2)
新幹線から見る富士山の姿は実に神々しい。
アルメニアのエレバン市で見たアララテ山も同じ形をしていた。アララテ山は、ノアの箱舟が最初に着いた土地、救いの土地である。
ユダヤ人徐福は、富士山を蓬莱山としてそこに不老長寿の薬を求めた。
ユダヤ人にとって不老長寿の薬とは、生命の樹である。
日本に不老長寿の薬があると考えたということは、そこに生命の樹があると考えたということであり、それゆえ、彼らは日本を救いの地と考えていたのであろう。
洪水(裁き)→アララテ山(赦された人々がたどり着いた土地)→救いの山→永遠の命
バビロン捕囚(裁き)→富士山(赦された人々がたどり着いた土地)→救いの山→永遠の命
だから、バビロン捕囚が終了した人々は、エルサレムに戻らず、日本に来たのであろう。
富士山をアララテ山とみなして。
(3)
籠神社から伊雑宮までのルートを考え併せると、実は、日本は、聖書のエデンの園から洪水、出エジプト、エルサレム、イエスの十字架と復活と昇天とあらゆるものを含む土地なのではないだろうか。
羊と山羊が分けられた紀元70年の審判後、羊系ユダヤ人であるクリスチャンたちは、日本を新エルサレムとして東進したのではないだろうか。
携挙についても再考が必要である。
紀元70年のユダヤ戦争(裁き)→携挙(救い)→新エルサレム(赦された人々がたどり着いた土地)→救いの地→永遠の命
初代クリスチャンたちが、紀元70年後、日本を目指してやってきたのは、古来、日本が「赦された人々が住む土地」だったからだろう。
奇しくも、フリーメイソン・イルミナティに属する忍者と名乗る人もベンジャミン・フルフォードに対して「日本は古来逃れの土地であった」と述べた。
フリーメイソン・イルミナティの理想の土地は、アトランティスである。
それに対して、クリスチャンの理想の土地は、日本だったのではないだろうか。
2012年11月17日
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