「アルミニウス主義とイエズス会(全)」は極めて重要なエッセイである。
https://ameblo.jp/millnm/entry-12375474041.html
トップレディが述べるように、今、ほとんどすべてのプロテスタント教派を支配しているアルミニウス主義の起源は、ローマ・カトリックとイエズス会にある。
この教えは、プロテスタント信者をローマ・カトリックに回帰させるために仕組まれた「至高の妙薬」である。
聖書ははっきりと「選びと遺棄は人間の功績や罪とは無関係に行われる」と述べている。
「選びと遺棄の判決は、永遠の昔に神によって予見されたわれわれの善行と悪行の後に、それらの結果として下される」のではなく、
その子どもたちは、まだ生まれてもおらず、善も悪も行なわないうちに、神の選びの計画の確かさが、行ないにはよらず、召してくださる方によるようにと、
「兄は弟に仕える」と彼女に告げられたのです。(ローマ9・11-12)
神は、永遠の昔、まだ歴史が始まる前に、まだ生まれてもいない人々を「その善悪の行い」とは無関係に「選びと遺棄」のいずれかに決定された。
「神の選びの計画の確かさは、行ないにはよらず、召してくださる方による」のである。
ここに「行為義認」の教理が入り込む隙はない。
「義と認められる」のは、われわれの「行為」とはまったく関係がないのである。
われわれの善行と悪行を神が永遠の昔に予見され、その結果として神が選びを決定されたわけではない。
この「予見予定説」と呼ばれるようなものは、聖書のいかなる箇所にも基づかない。
バウワーが述べるように、イエズス会のすべての教義の土台は、「行為義認」と「予見予定説」にある。
イエズス会は半ペラギウス主義なのである。
今の福音派やカリスマ派は、イエズス会とほとんど同じ立場に立っている。
すでに18世紀にプロテスタントはカトリック化していた。
トップレディ(1740 - 1778年)は、インマヌエル・カント(1724年 - 1804年)と同時代人である。
フランス革命は1789年から10年間続いた。
プロテスタントがアルミニウスによってイエズス会化した18世紀に、理性至上主義が台頭した。
イエズス会のアダム・ヴァイスハウプトがイルミナティを設立したのが1776年5月1日。
18世紀のクリスチャンは、アルミニウス主義を採用したために、霊界における戦いに敗れたのである。
19世紀になると、イエズス会はさらに、プロテスタント教会の中にディスペンセーション主義を放り込んだ。
これによって、20世紀の教会はほぼローマ・カトリックに取り込まれたと言っていい。
「予見予定説」を信じることは、霊的戦いにおける敗北である。
このままアルミニウスとジョン・ダービーに騙され続けるならば、キリスト教の消滅は避けられない。