預言は、恐ろしいことです。
なぜならば、旧約時代において「主の名をつかって偽りを語る者は死に値する」と言われているからです。
もし預言をする人が自分の利益のために語るならば、自分の身に偽預言者の裁きを招きます。
>終末論については、プレミレ、患難中携挙です。
>天のエルサレムが文字通り地上に降りてくると言ってます。10本の角はEUで、反キリストは政治的な指導者、それが偽キリスト(ローマ法王)を拝ませるそうです。前患難から後患難まで殉教者が大勢いるが、前患難の始めのころ、リバイバルが起こって(白い馬に乗ったキリスト)神の業も起こる。
>七つの教会はそれぞれの時代の7種類の教会を表している。教会ごとに携挙されるが、個人の信仰に依る。
私も昔このようなことを信じていました。
もし黙示録の患難時代が未来にあるとすれば、ではイエスが「私はすぐに来る」と言われた箇所をどう解釈するのでしょうか。
ご存じとは思いますが、10本の角はEUではありません。10人のローマ皇帝です。
http://www.millnm.net/millnm/no42.html
1980年代にEUが10カ国になったときに、プレ・ミレの宣教者たちが「もうすぐ携挙だ!」と言っていました。
あれから40年。まだ彼らは地上にいます。
反キリストは政治的な指導者ではありません。
http://www.millnm.net/qanda/antich.htm
携挙は、紀元1世紀に起こりました。
なぜならばパウロが「生き残っている私たちが」と言っているからです。
テサロニケのクリスチャンたちを励ますために書かれた手紙の中で「生き残っている私たちが」と言って「あなたがたが生きている時代に携挙があるよ」と言っているのに、外れたのであれば、パウロは嘘をついたということになります。そして、その嘘が記された手紙が聖書の聖典として選ばれたと。十全霊感と無誤無謬の教理はどうするのでしょうか。