教会のシオニスト化2 by エドワード・ヘンドリー
最終的に、この新神学はタルムードユダヤ人が支配する神学校に導入された。
その神学校の卒業生は、作為・無作為を問わず、世界中で彼らの新しい「キリスト教」神学をプロテスタント教会に導入した。
6500万部を売り上げた16編の小説からなる『レフト・ビハインド』シリーズは、この新神学に基づいている。
『レフト・ビハインド』シリーズは、映画化され、世界中の教会によって大いに推奨され、大人気を博している。
暗黒の時代に、「教皇こそ反キリストである」と信じた勇敢なキリストの証人となった数千万人のクリスチャンがローマ・カトリック教会によって処刑された。
事実、プロテスタントの宗教改革の基本的主張の一つは「教皇は反キリストだ」であった。
この見解は、聖書によって十分に裏付けることができる。
教皇が反キリストであるという考えに対して、かつてプロテスタントの諸教派の間ではほとんど異論がなかった。
実際、ウェストミンスター信仰告白(英国国教会)では次のように記されている。
「主イエス・キリスト以外に、教会の頭はいない。ローマ教皇はけっしてそれではない。ローマ教皇は反キリスト・罪人・滅びの子であり、教会においてキリスト及び神と呼ばれるものすべてに逆らって自らを称賛する」
モーランド(ワルドー派)告白1508年及び1535年、スイス告白1536年(スイス)を含む他のプロテスタント信仰告白は、教皇を反キリストと認めている。
今日、そのような信条を保持する教会は少数である。
実のところ、近年、教皇が反キリストであると主張するクリスチャンは、過激で無慈悲であると評価される。
プロテスタントの諸教派の中でどうしてこのような変化が起きたのだろうか。
ローマに対するプロテスタント諸教派の見解の変化は、ローマ・カトリック教会のエージェントによる組織的なキャンペーンの直接的な結果であった。
ローマ・カトリック神学者が利用した方法の1つは「黙示録の多くの箇所は未来に起きる」と述べることであった。
1590年、フランシスコ・リベラというローマ・カトリックのイエズス会士の聖職者が、その500ページの著書において、黙示録のほとんどの出来事を世界の終末の直前に起きると述べた。
リベラは「反キリストは、世界の終末の直前まで出現しない個人であり、エルサレムを再建し、キリスト教を滅ぼし、キリストを否定し、教会を迫害し、3年半の間世界を支配するであろう」と述べた。
別のイエズス会士ロバート・ベラルミーノ枢機卿は、リベラの教えをさらに推し進めた。ベラルミーノは、当時もっとも有力な枢機卿の1人であった。
1930年、ヴァチカンは彼を聖人及び「教会の博士」に列した。
『メシアの栄光と威厳の来臨(The Coming of the Messiah in Glory and Majesty)』という著書が著者の死後11年たった1812年に出版されるまで、プロテスタントの諸教派は、このカトリックによる黙示録の解釈を受け入れなかった。
(Edward Hendrie, Solving the Mystery of BABYLON THE GREAT: Tracking the Beast from the Synagogue to the Vatican, p.254.)
2015年4月29日
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