南京大虐殺は嘘である


ジョン・ラーベを長とする安全区国際委員会は、1937年12月13日の入城時から翌年2月9日まで各国大使館に安全区の情報を伝える手紙を61通出しています。

大使館に宛てた手紙において嘘の情報を流すとは考えられません。

社会的な立場を失うからです。

それによると、安全区には20万人がいた。城内及び城外には人はいなかった。

中国軍は城外を焦土作戦で焼き払い、すべての人が城内の安全区に集まったからです。

そして、大虐殺(入城から6週間続いたことになっている)が終わった1月24日の2日後1月26日に食料配給のために安全区国際委員会が人口を調査したら25万人になっていた。

中国側の主張に合わせると次のようなストーリーになります。

南京大虐殺前の人口・・・20万人。
南京大虐殺で殺された人・・・30万人。
南京大虐殺直後の人口・・・25万人。

マイナスの人口というのが考えられないので、大虐殺で南京市は0人になったとします。

0人の都市が、その2日後に25万人に膨れた理由は何ですか。

大虐殺が行われた町の中に25万人が入りたいと思いますか?

南京大虐殺の最中の写真が何枚か残っていますが、子供たちが兵士のところに遊びにやってきました。

https://www.youtube.com/watch?v=_Tb7QSzSnug

大虐殺を行って皆殺しにしている兵士のところに子供が集まりますか?

 

 

2015年3月17日



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