お正月と聖書


お屠蘇(とそ)という言葉は興味深い。

屠蘇=「屠り、蘇る」

Wikipediaによると、様々な解釈があるという。


「屠蘇」とは、「蘇」という悪鬼を屠(ほふ)るという説や、悪鬼を屠り魂を蘇生させるという説など、微妙に違う解釈がいくつかある。数種の薬草を組み合わせた屠蘇散(とそさん)を赤酒・日本酒・みりんなどに浸して作る。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%A0%E8%98%87

前掲書で中丸氏は「屠られたが、その後、蘇ったイエス・キリストの復活を祝って飲むお酒と考えると意味が通ります」と言われた。

「え〜、日本の正月が聖書とどうして関係があるの?」と尋ねる人がいるかもしれない。

しかし、正月の風習は聖書に由来すると宇佐見敏雄氏は言われる。

日本の正月の起源はイスラエルの「過越祭」(すぎこしのまつり)と考えられる。過越祭は、エジプトで奴隷にされていたイスラエル人(後のユダヤ人)たちが、神から遣わされた指導者モーセに率いられて脱出したことを記念する祭である。イスラエル人を迫害していたエジプト人の家には死の天使が訪れて、その家の長男がことごとく死んだが、神に命じられたとおりいけにえの子羊の血を門柱と鴨居に塗っていたイスラエル人の家の前は死の天使が「過ぎ越し」たので死者がなかった、という事件だ。ユダヤ教では最も重要な例祭であり、神殿のない現在はいけにえが捧げられることはないが、定められた式次第にしたがって食事をしながら、歴史を次世代に伝えていくようになっている。
さて、過越祭は春、太陽暦の3〜4月頃に行われる。現在のユダヤ暦では秋が新年とされており、過越祭は新年ではない。しかしこの暦はBC6世紀の「バビロン捕囚」以降に成立したもので、本来のユダヤ暦では、過越祭が新年、つまり「正月」とされていた。次のとおりである。

また祭の期間は15日(ユダヤ暦では日没に日付がかわるので、厳密には14日の夕方)から7日間とされている。日本の正月も、本来は15日の「小正月」に祝われていた。またその期間「松の内(門松の建っている期間)」は7日間である。(ただし、松の内の期間には異説もあるようだ。)

ここで「種を入れないパンの祭り」と言われているのは過越祭の別名(厳密には付随する別の祭)である。「種を入れないパン」(種なしパン)は、過越祭の重要な要素だ。これは、パン種(酵母、イースト)を入れずに焼くパンのことで、イスラエル人たちが大急ぎでエジプトを脱出したため、生地を発酵させているひまがなく、種なしパンしか食糧として用意できなかったという故事を記念したものである。さて、稲作文化圏である日本で、小麦粉の代わりに米で同じようなものを作るとしたら、何ができるか。そう、餅である。実は、種なしパンのことをヘブライ語で「マッツァ」 、複数形で「モチ」という。日本の「モチ」と一緒である。更に、日本では餅を重ねて「鏡餅」が供えられるが、過越祭でもマッツァは重ねて食卓に供される。過越祭では、祭の前に、パン種を除去するため家中を大掃除する。日本人が正月前に大掃除するのと同じである。
正月の門松やしめ飾りは、過越祭の時、門柱(かどばしら)と鴨居に塗った血を表しているという説がある。だが血と門松では全然違うし、正統派のユダヤ教にはこれに類する風習はないので、血塗りに起源があるとしても、別の要素が加わっているだろう。
http://p.tl/kUtj

マッツァは、知り合いのユダヤ人の家庭に招かれたときに食したことがある。

たしかに餅のようなものだったと記憶する。

日本の古来の行事は、聖書を読むとすんなり解釈できるものがある。

お屠蘇は「一人これを呑めば一家病無く、一家これを呑めば一里病無しと言われ」るそうだ(Wikipedia)。

つまり、厄払いである。

蘇民将来の話を連想する。
http://p.tl/ATPL

お屠蘇とは、イエス・キリストの犠牲によって一家が救われる過越を象徴するものなのかもしれない。

 

 

2013年8月15日



ツイート

 

 ホーム

 



robcorp@millnm.net