暴力と混乱の一神教から平和と共存の多神教へと回帰を??2
一神教が暴力的で、混乱を生み、多神教が平和を愛し、共存を求めるなどという傾向は、歴史上ありません。
繰り返しますが、もしそのようなことが事実であれば、多神教であった古代アッシリア帝国、バビロニア帝国、メディア帝国、ペルシャ帝国、ローマ帝国その他が平和を愛し、共存を求めていたという事実がなければなりませんが、まったくありません。
これらは積極的に他国を侵略し、版図を広げることに熱心でした。
今のアメリカやイスラム諸国の状況だけを見て、宗教について普遍的な性質を導き出すことはできません。
多神教が柔軟で異なる意見を許容するというのも誤解であり、むしろ、国内を統一しなければならない支配者は、多元的な価値を暴力的な手法によって抑圧してきたというのが真実に近い。
人民を神とする多元主義であるはずのソ連及び中国共産党政権が結局は、国内統一のために、史上類をみない激しい弾圧を実行し、異なる思想・宗教を抑圧したことから、「多元主義の寛容性」は神話にすぎません。
日本人の愛国心が、このような神話に基づいて形成されるとすれば、きわめて不健全であり、不幸なことだと言わねばなりません。
日本人はそんな安っぽい愛国心で満足する民族ではないはずです。
2015年12月9日
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