神の国実現への流れに乗れ
1.
誤解してはならない。クリスチャンが支配を実行するには、どうしても公権力の座からキリスト教に反対する人々を排除する必要がある。
これは、一部、政治的な方法によって実現する。その実現の方法は、あくまでもボトムアップ式であり、トップダウン式ではない。この方法は、結果として政治的な勝者だけではなく、敗者も生みだす以外にはない。
クリスチャンとしてのわれわれの目標は、人間教徒や悪魔崇拝者を政治的・文化的に打ち負かすことである。われわれはこれを、すぐれた業績と良質の組織、そして神の祝福によって遂行しなければならない。
神に選ばれた者たちは、選挙において勝利しなければならない。
―ゲイリー・ノース 『地を継ぐ者』
「ボトムアップ式」の「政治的な方法」とは選挙である。
「トップダウン式」のそれは、独裁である。
われわれが「公権力の座からキリスト教に反対する人々を排除する」方法は、選挙である。
「キリスト教に反対する人々」を選挙で排除する?クリスチャンが数%にも満たない日本で?
現実を見れば、夢物語である。
クリスチャンでもない人が多数派を占める社会が「ノンクリスチャンを政権から排除しよう」と言うわけがない。
もっともである。
しかし、これは、神の計画なのであるから、いずれ実現する。
全能の神の計画に逆らうことのできる人は誰もいない。
あなたがたに言っておくが、神は、この石ころからでも、アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。(マタイ3・9)
石ころがあれば、神はクリスチャンの国民を起こすことがおできになる。
「信仰を選択するのは、人間の力による」とするペラギウス主義者も、「信仰を選択するのは、神の力と人間の力の協働による」とする半ペラギウス主義者も、否定するだろう。
しかし、「信仰を選択するのは、もっぱら神の力のみによる」と考えるカルヴァン主義者は、肯定する。
人間がどのようにあがいても、神が選んだ人は「必ず」救われる。
「キリスト教が大嫌いだ」という人でも、聖霊が働くときにクリスチャンになる。
われわれは「不可抗的恩恵」を信じる。
神の恵みは拒否できない。
神が恵もうとされた人は、恵まれることを回避できない。
だから、神の時が来れば、世界中どの社会であっても、人々は回心し、神の御心を行いたいと願うようになる。
2.
ヨナは「ニネベに行って悔い改めを説け」と命令されたのに、逆らって逆の方向に進んだ。
船に乗っていると嵐になった。
一緒に乗っていた人々は「誰の責任だ?」と問うた。
ヨナが進み出て「私です。私が神の御心に逆らってニネベの人々に悔い改めを説かなかったからです。私を海に投げ込みなさい」と言った。
ヨナを海中に投げ込むと大きな魚がヨナを飲み込んで、三日三晩ヨナは魚の腹の中にいた。
魚は、ヨナを浜辺に吐き出した。
結局、ニネベの人々のところに行かざるを得なくなった。
神に選ばれた伝道者は、自分の計画を実行できない。
どうあがいても、御言葉を伝える以外にはない。
伝道に召された人々は、自分の意志でやっているのではなく、神の「不可抗的な」力によって、伝道を強いられる。
伝道者として召された人ならば体験することだが、自分の使命と異なることをやると、「どうしようもない違和感」の中で苦しむ。
周りの人々を不幸に巻き込む。
そういうふうに召された人々の働きを妨害する人々は、とんでもない災厄に見舞われる。
中には死ぬ人もいる。
この世界でやってはいけないことのナンバーワンは「伝道者を妨害すること」である。
積極的だけではなく、消極的な妨害(無視)も、自らに不幸を招く。
なぜならば、神の計画だからである。
神がその伝道者を用いてあることを実行させようとしておられるのであるから、妨害する人々には呪いがかかる。
3.
神の計画だと気づいた人は、それを実現しようとする人を助けなければならない。
海中にヨナを投げ込むと、海は元に戻り、凪になった。
「神の計画に逆らって進もうとする伝道者」がいることが明らかになったら、彼をその計画の中に戻すことが一番の対策である。
それをしないうちは、彼のゆえに、自分たちが嵐に巻き込まれる。
召された人は、神の奴隷なのである。
神の御心を行う以外に選択肢はない。
「嵐の海の中に投げ込むなんて、そんなむごいことはできません」と言ってはならない。
神の救いがある。
神は超自然的な力を発揮され、彼を救われる。
4.
神の計画は、ブルドーザーのように圧倒的な力で、道を切り開く。
われわれは、その流れに乗ることである。
人間がどのように考え、世論がどちらに流れているかなど、関係ない。
御心だと聖書から示されたならば、その流れに乗り、計画の実現のために努力することである。
そうすれば、すべてはうまくいく。
神の御心は、全世界の御国化である。
そのために努力すれば、必ず結果はついてくる。
5.
よく革ジャンの背中にドクロの絵をつけたり、入れ墨を入れて、強そうに見せる人がいる。
ドクロは敗北者の象徴なのである。
紀元70年に、イエス・キリストによって世界は悪魔の手から奪還された。
この世界の主権者はサタンではない。
サタンは凱旋の行列につながれた敗北者である。
神は、キリストにおいて、すべての支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました。(コロサイ2・15)
サタン崇拝者は、神の国の流れに逆行する人々である。
それゆえ、敗北を運命づけられている。
世界政府を築こうとする人々は、いずれ力を失い、消滅する。
われわれは、神の国実現に向けた流れに乗るべきである。
2017年10月24日
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