神の国について中立は存在しない


森本問題でわかるように、もうリベラル左翼側の時代は終わった。

全部、裏目に出る。

籠池夫人と昭恵夫人の間のメールを公開せよと迫ったところ、辻元議員の関与が暴露され、公開の停止にやっきになっている。

笑い話にもならない。

われわれが祈れば、このように世界は変わるのである。

私がこの活動を始めると、ディスペンセーショナリストから「政治にかかわるな」と助言をいただいたが、政治にかかわらなければ、神の国は実現しない。

なぜならば、神の国とは「支配」「統治」「権力」の問題だからだ。

われわれの立場はこの点においてきわめて筋が通っている。

聖書契約の第一条は、「超越と内在」である。

すなわち、創造者なる神が、この世界の超越者として法を制定された。

人間が法を作ることはできない。

人間の法は、神の法の「適用」である。

善悪の基準は神だけが制定できる。

立法府は、この善悪の基準に基づいて法律を制定する。

アニメのキャラクターが、アニメ制作者に指示を与えることができないように、人間が神に指示を与えることはできない。

すべての死刑廃止論者は、超越者を無視しているので、反逆者として裁かれる。

神は、ご自身の超越性に関して絶対に妥協されない。

そのため、神の善悪の基準を無視するあらゆる法制定者を処罰し、首を挿げ替えられる。

支店長として派遣した人間が支店を勝手に運営しはじめたら、本社が彼を首にするのと同じである。

それゆえ、神の国の拡大は時間の問題であって、拡大するかどうかは問題ではない。

必ず拡大する。

神の主権、超越性は、この世界において絶対の条件であるから、世界のあらゆる領域は必ず神の統治下に置かれる。

われわれの運命は、この神の主権拡大のために働くかどうかにかかっている。

働くならば祝福され、妨害するならば呪われる。

だから、聖書契約の第四条件は「賞罰」なのである。

中立は許されない。

神の国のために働かず、中立者として傍観しようとしても呪われて滅びる。

なぜならば、人間は神の国の拡大のために創造されたからである。

キリスト教を「自己実現」とか「幸福のためのステップ」などと考えている人は、必ず呪いのもとに置かれるしかない。

主人から1ミナを与えられて、畑に埋めておいたしもべは厳しく罰せられた。

われわれは、神の国のために働いて祝福されるか、永遠の呪いのもとに置かれるかのいずれかしか選択肢はない。

会社の利益のために働かない支店長など許されない。

ディスペンセーショナリズムに毒された今のキリスト教が神の国に関して無関心なのは、ディスペンセーショナリズムがサタンの教えだからである。

この世界のどの部分についても中立は許されない。

世界のあらゆる領域を神のために獲得しようと努力しない人は、クリスチャンではない。


主人の心を知りながら、その思いどおりに用意もせず、働きもしなかったしもべは、ひどくむち打たれます。(ルカ12・47)

 

 

2017年3月28日



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