中国の古文書に日本が世界の中心であると記されている
T)『十八史略』巻一 太古
「天皇氏、以木徳王。歳起摂提。無為而化。兄弟十二人、各一万八千歳。」すなわち
「天皇氏は太古の昔から 王である」と記されている。
U)前漢代、袁康の『越絶書』には、
「夫れ、越王勾践は、東僻と雖もなお、天皇の位に繋がる」すなわち、
「東方僻地の(日本に近い)王は、天皇たり得る」とある。
V)唐代の補筆された『史記』の冒頭に、
「最初に天地のうちに現れた君主が、天皇である」と記されている。
W)四世紀の道士 葛洪は 著書『枕中書』のうちで、扶桑大帝東王公は天皇なりとし、
「扶桑大帝は東王公であり、元陽父と号し、碧中に住す。…上に太真宮有り、天皇と為り…云々」と、説いた。すなわち
「天皇は、大陸東方海上の島に住み、そこを治める日神なる君主神」ということである。
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古くは「スメラミコト」「スメロキ」「スベラギ」等と呼んだ[5]。元は皇帝・天子[6]・君主の敬称であり、古代中国で最高神、神格化された北極星(天皇大帝)を指す語[7]である。(Wikipedia―天皇)
日本書紀」の神武天皇東征説話には、大和朝廷の成立以前の実体を浮かび上がらせる重大なヒントが隠されている。というのも、神武天皇が大和に入る前に、すでにその地で王として君臨していた人物がいたと明記してあるからだ。その王の名を饒速日(にぎはやひ・以下ニギハヤヒ)といい、「日本書紀」は、神武に抵抗した長髓彦がニギハヤヒを大王として仰いでいたこと、ニギハヤヒが「天神」の子であること、そしてニギハヤヒが物部氏の祖であることを記している。
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「竹内文献」には、天地開闢以来存在した「スメラミコト」は、地球上の枝国(えだくに)を巡幸し、子らを各国に赴かせた、とある。
それによると、日本は祖国(おやくに)で、枝国が 十六国あったという。
その中の大陸へは、スメラミコトの子「盤支那弟清民王」が赴き、その地を 祖国「天津(あまつ)国」にちなんで、「天津」と称した。そこが現在の天津市だという。
そして子孫には、
A)「華唐古氏」〜 伏義氏・神農氏の系統と(これらは中国の神話の世界とされている)、
B)「支那華氏」〜 北京氏・南京氏・福建女氏・四川平氏ら系統がいる、とも記されている。
つまるところ現代中国人には、東方には太古の昔から王である天皇氏が存在したという記憶があり、支那国はその「スメラミコト」のいる祖国(おやくに)の「枝国」だったという記憶も、また存在するのだ。
2017年10月17日
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