聖書は前提であり疑いから出発することは罪である2
信仰が幼いクリスチャンは、この点で失敗する。
ノンクリスチャンから「本当に聖書は正しいの?イエスが水の上を歩いたとか本当に信じているの?」と聞かれた場合に、信仰が幼いクリスチャンは、「そう言われればそうかも・・・」と考える。
これは、信仰に大きな穴が開いた瞬間である。
サタンはその大きな穴に火矢を撃ってくる。
心の中に火矢が入り、中を焼いてしまう。
疑いの炎によって、心の内部はぐちゃぐちゃにされてしまう。
絶望に陥る。
すべてがむなしくなり、やけくそになる。
これだけならまだいい。
サタンは最終的にクリスチャンがイエスを否定し、自殺にまで持っていこうとする。
信仰を正常に保ち、自分の心の健康を守るために必要なのは、サタンが撃ち込む火矢を防ぐ「大盾」である。
これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。(エペソ6・16)
2012年8月10日
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