理性の堕落を認めるクリスチャンは憲法9条第2項を否定すべきである
小堀桂一郎東大名誉教授によれば、戦後まもなく、憲法9条第2項の交戦権の否定の条項がいかなる修正のチャレンジも経ずに通過したのは、大正教養派に代表される当時の知識人がドイツ由来の理想主義に毒されていたからという。
それ以前、日本人は国際法を適切に利用できていたが、終戦時にそれができなくなったのは、社会主義を含むドイツ観念論哲学及びロマン主義思想が元凶である。
和辻哲郎は、・・・日本古代文化というような研究に深入りすることによって、きわめて早い時期に目覚めた。日本には日本の独自性があると。実はその独自性を貫いていくことによって、じつは日本も日本なりの普遍性を樹立できるのだと。
ところが和辻さんと前後して生まれた人たちの中に、南原繁(彼は同い年)、田中耕太郎、そして、大内兵衛、横田喜三郎がいる。この人たちは、明治30年代初期の生まれで、精神の形成期が大正であり、そこで大正教養派と呼ばれるようになった。
その奥には社会主義こそ人類の共通目標だという幻想があった。彼らはヨーロッパの近代主義がよいものだという思想があった。津田左右吉にもその思想があった。日本の初期の日本の学問は、ドイツの影響を強く受けており、これは、そこから来ている。彼らには「知性の傲り」があった。「人間の知性というのはのどこまでも進歩していって自然現象をくまなく解明して、それを人間に役立つ方向に育てることができる」という非常な傲りがあった。中世までの時間や歴史や伝統に対する恐れというものが失われてしまった。津田左右吉にもそういう傲りがあった。日本の古代史なんていうものは自分たち近代の知性によってどのようにでも解明できるといった。
これは、ドイツ史学から来ている。ルートヴィヒ・リースというドイツの歴史学者は、日本の歴史学に貢献した偉い人に違いないが、惜しむらくは、近代主義の傲りを免れなかった。それに影響受けたのが津田だった。この近代主義の傲りを社会主義の思想と結びつけてさらに悪くしてしまったのが大正教養派の人々であった。彼ら築いた歴史解釈が既得権になって、何でもそこから発してしまっている。特に憲法学会がひどい。
https://www.youtube.com/watch?v=3wOLFULtSBw&t=921s
2017年10月24日
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