空海の真の意図


空海という名前に何かが隠されているのではないだろうか。

空と海。これは、鶴と亀に対応しているのか。

もちろん、鶴亀は、阿吽を表し、ギリシャ語ではΑとΩを表す。

ΑとΩは、イエス・キリスト。

「わたしは、アルファであり、オメガである。」と言われた。

それゆえ鶴亀はイエス・キリストの象徴。

不思議なことに、剣山はもともと鶴亀(つるき)山と呼ばれた。

すなわち、剣山はイエス・キリストの山。

そして、伊勢神宮は、もともと伊蘓神宮であった。

「伊」という文字は「天地を仲介する人」という意味の漢字。

「蘓」は「蘇」と同じ意味を持ち、「蘇る」。

つまり、伊勢とは「天地を仲介する人がよみがえる」。

伊勢神宮はイエス神宮である。

剣山と伊勢神宮を結ぶ直線上に、高野山がある。

高野山には「大秦景教流行碑」の写しがある。

真言宗の教義はシリア系キリスト教(景教)と似ている。

空海が信じた弥勒とは、「弥」は「あまねく」、「勒」は「統べる」という意味で「万物の統治者」を意味する。

この弥勒は再臨するという。

そのときに空海も一緒にやってくると。

真言宗で授ける灌頂は、水に棒を浸して水滴を頭に注ぐ。

まさしく、洗礼である。

空海は中国の景教徒から灌頂を受けた。つまり、洗礼を受けた。

空海は佐伯氏であり、幼名を佐伯真魚という。

佐伯氏は秦王国があった大分県の出身であり、まぎれもない秦氏。

秦氏はクリスチャンの一族。

つまり、佐伯氏はクリスチャンの霊的流れを受け継いでいる。

だから、景教の研究者として有名だった佐伯好郎は、秦氏であり、空海と同族である。

空海の幼名の真魚も興味深い。

真の魚。

魚は、ギリシャ語で「イクスュス」(*)という。魚及び魚のマークは、ローマの迫害時代に、クリスチャンの間で自分がイエスを信じていることを示す暗号として使われた。


(*)IΧΘΥΣ=Iesous Christos Theou Yios Soter、つまり、「イエス・キリストは、神の子、救い主である」。

それゆえ、真の魚=真のクリスチャンということ。

空海はまさしくクリスチャンとなるべくして生まれ、洗礼を受けたのではないか。

仏教という形を取るが、実際の教義はキリスト教。まさしく、当時、彼は日本に景教を持ち込んだのではないか。

空海が、剣山と伊勢神宮を結ぶ直線上にある高野山を選んでそこを修行の場としたのは、その真の意図「伝道」を暗示するためなのではないか。

 

 

2013年10月7日



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