日本人がこの事実を受け入れるべきときが来た2


1.

中国で景教がさかんだったころ、ちょうど遣唐使が派遣されていた。

ということは、当然その影響が日本に及んだと考えられる。

空海は景教の教会で洗礼を受け、その教えを日本に持ち込んだ。

2.

秦氏が景教徒であったならば、クリスチャンは偶像礼拝を非常に嫌うので、当然、もし天照大神が単なる太陽神でしかなければ、それを神道の教えの中から排除するはずである。

天照大神の教えが残っている以上、それがイエス・キリストを示していたと考える以外にはない。

古事記や日本書紀がキリスト教の教義と似ているのは、古代日本の宗教界を支配していたのが、秦氏と物部氏だったからである。

どちらもキリスト教徒。

だから、天照大神の岩戸伝説は、贖罪のために死んで3日目によみがえったキリストの物語がもとにある。

秦氏の神社の赤い鳥居は、それゆえ、イエス・キリストによる贖罪を象徴している。

鳥居に榊が結び付けられるのは、榊は逆木=いのちの木=十字架だから。




3.

このように日本の神道や真言宗の教えがなぜキリスト教に似ているかという従来の謎は、古代日本を支配した秦氏や物部氏を理解することによって氷解する。

日本人は、ずっと知らぬまに、キリストを信じてきた。

日本人は、即位の際に、洗礼と聖餐を受け、両手に釘を打ち込む儀式を行う(北朝天皇から廃止)天皇をリーダーとしてまとまってきた。

4.

日本はもっともキリスト教に遠い国のように思われ、日本人自身も思ってきたが、それは、カムフラージュのためである。

日本は、外から見てもわからない国である。

裏に真実がある。

「後ろの正面だあれ」

今まで注意を払わなかった自分の後ろに本物がいる。

5.

学問の世界は前しか見ない。

だから、史料を「額面通り」受け取って、神道は多神教だと言ってきた。

あえて主流派から外れない限り、日本の真実は見えてこない。

 

 

2016年10月11日



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