何度も、何度も、何度も外れて、どうして同じことを言うのか?


次から次から新しいプレ・ミレ終末論伝道者が現れるものだ。

https://www.youtube.com/watch?v=LuzQ0Zn7GZ0

相変わらず今の世界情勢を旧約聖書に基づいて読もうとしている。

しかし、旧約聖書はイエスにおいて成就された。


わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。(マタイ5・17)
 
この「律法や預言者(τον νομον η τουS προφηταS)」とは旧約聖書のことである。

イエスはこの御言葉のとおりに旧約聖書を成就され、十字架上で「完了した」と言われた。

イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した」と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。(ヨハネ19・30)

この「完了した」と訳されている言葉は、teleoであり、それは、end(終わらせる)、finish(仕上げる)、fulfill(成就する)、 accomplish(成し遂げる)、pay(支払う)という意味である。

http://biblehub.com/greek/5055.htm

またここでは完了時制tetelestaiが用いられている。

完了時制は「すでに起こったことの現在の状態を強調する」ので、「過去に成就し、それは今も成就した状態にある」という意味になる。

何が完了したのか。何が成就し、今も成就された状態にあるのか。

もちろん、「イエスの来臨の目的」である。

来臨の目的とは何か。

もちろん、すでに述べたように「旧約聖書を成就すること」である。

この箇所で完了時制のteleoが用いられているということは、「旧約聖書は昔イエスによって成就されたが、今でも成就された状態にあり、それゆえ、それがまだ成就されていないということはありえない」ということを含意している。

だから、旧約聖書の預言を未成就のものとして今日に適用することはできない。

よくディスペンセーショナリストが「旧約聖書にはまだ成就していない預言が〇〇個ある」というが、間違いである。

旧約聖書の預言を現代に成就すると唱えることは、預言の私的解釈という重大な罪である。

この伝道者のように、エゼキエルのゴグ・マゴグの話を「ソ連(ロシア)によるイスラエル侵攻」と解釈するのは罪である。

旧約聖書が未来に成就すると唱えた説、つまり、ディスペンセーショナリズムは、イエズス会士インマヌエル・ラクンザの創作である。

イエズス会は、悪魔教徒タルムードユダヤ人が作ったグノーシス系結社。

目的は、タルムードユダヤ人による偽メシアのイスラエルの建国と彼らによる世界支配をクリスチャンに認めさせるため。

Edward Hendrie, Solving the Mystery of BABYLON THE GREAT: Tracking the Beast from the Synagogue to the Vatican

1980年代、宇野正美は「80年代半ばになると、ソ連は石油の輸入国に転じるので、中東に侵攻する」と予言したが、外れた。

エドガー・ワイゼナントは、1988年7月に出版した『携挙が1988年に起こる88の理由』という本において、「携挙は今年の9月に起こる」と予言した。

しかし、何も起こらないと、今度は、それを1989年1月に延期した。

それも起こらないと、1989年9月にさらに延期したのである。

もうこの頃になると、彼の発言を信じる者は誰もいなくなった(Gary North, Rapture Fever, ICE, 1993, p.106)。

ワイゼナント自身は、100万部以上売れたと言っているが、ゲイリー・ノースは「400万部以上売り上げただろう」(Ibid.)と述べた。

400万部売れたら億という単位の印税が入る。

金儲けには成功しただろうが、キリスト教の顔に泥を塗った。

「このようなヨタ話に騙されるクリスチャンはバカだ」との定評をつけた。

何度も、何度も、何度も外れて、どうして同じことを言うのか???

そろそろ「ひょっとしてこういう解釈は間違っているのではないか?」とどうして反省しないのだろうか。

 

 

2015年8月4日



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