パリサイ人の霊が入ってないか


”神の目的は、信仰者たちが富を利用し、彼らを通じて、御国が富を利用することにある。”(R・J・ラッシュドゥーニー)

神は、クリスチャンに富を与えることを望んでおられる。

なぜか。

クリスチャンがその富を利用して、御国を拡大するためである。

たとえば、100万円の資金があれば、大きな本を1冊翻訳できる。

非常に重要な著作を次々と翻訳できれば、日本のキリスト教界は変わる。

クリスチャンの体は神殿であり、神がお住まいになっている。

神がお住まいになっているということは、クリスチャンは、宇宙全体をも変える力を持っているということである。

世界を変え、歴史を変える力がある。

発揮しようとすれば、実現する。

しかし、問題は、発揮しようとしないところにある。

信仰に縛りがかかっているからである。

サタンがクリスチャンが解放されないように、考え方を変えたのである。

「もうすぐ再臨があり、キリストによって世界は変わる」と考えている。

「キリストによってもうすぐ世界は変わるのだから、われわれはただ待っていればいい。携挙は近い」と。

この致命的な考え方によって、クリスチャンのポテンシャル(潜在的な力)は完全に封印されている。

一つの教会で5人の人々が「日本を変えられる」と信じて祈り始めたらどうだろうか。

日本はがらりと変わる。

日本全体で千人のクリスチャンが「疑わずに」祈ることができるようになれば、日本は徹底的に変わる。

クリスチャンに「できない」と思わせている力が働いている。

クリスチャンをがんじがらめに縛り付けている力が働いている。

その邪悪な力が、ミレニアムの活動を評価しないように活動している。

ポスト・ミレの終末論を採用しないように働いている。

「本当だろうか」と思うなら、試しに「ヨルダン川を渡ろう」と試みてほしい。

「ヨルダン川を渡って、豊かなカナンの地に入り、カナン人の土地と財産を相続しよう」と試みてほしい。

すぐに分裂が始まるだろう。

クリスチャン同士が互いに反目するだろう。

つい最近、同士が離れていった。

「ヨルダン川を渡ろう」と互いに励ましあっていた兄弟姉妹が離れていった。

理由は「パリサイ主義」である。

証拠もなにもないのに、ミレニアムの活動に疑念を抱いたからだ。

「聖書的根拠なく分裂を起こす」人々をパリサイ人と呼ぶ。

聖書的根拠があって、分裂するのは、正しい方法である。

パリサイ人は、そのような根拠を必要としない。

彼らは「理由なく」人を罪人扱いする。

イエスにいやしてもらった盲人を「単に自分の作った基準に反した」という理由だけで除名した。

神の国を作ろうと活動を始めると、パリサイ人の霊が働くのである。

こんなことを私は、50年の信仰生活の中で何度も何度も体験してきた。

2つの教会から1度ずつ、裁判を受けた。

理由は「セオノミーを唱えたこと」と、「影響力があること」。

まったく聖書的な根拠はなかった。

なぜ教会は聖書的な根拠なく人を裁くのか。

傲慢だからである。

「聖書的根拠など不要。自分が設定した基準に合わないから除名」という人は、「神様」なのである。

自分を偶像化しているのである。

神様の座に自分が座っているのである。

では、なぜ傲慢になるのか。

サタンの霊が入るからである。

Dr.愛子氏が言っていたが「ある集会で10%の人の体に、サタンの印が見えた」と。

いろいろな形をしているという。

ある人には、逆さ五芒星がついていたと。

このような印はどうやってつくかというと、罪を犯して、それが習慣化することによってである。

何度も罪を犯しているうちに、サタンの印がつけられて、そこから悪霊が自由に出入りするようになる。

私は、自分を含め、現代のクリスチャンには大なり小なりそういう印がついていると考えている。

ロックを聞いてきた人には、そういう印がついているのではないか。

日教組の左翼教育を受け、クリスチャンになった後にもそれから離れられない人にもついているだろう。

いまだに進化論を信じている人も同じだろう。

サタンは、映画や音楽、教育、思想を通じて、そのような印をクリスチャンにつけようとしている。

悪霊が出入りできる入り口を持っている人は、自分の弱い部分に触れるときに、さっと悪霊が入る。

たとえば、占いに耳を傾ける弱さを持っている人は、テレビで占いコーナーが流れると、一瞬で目の色が変化する。

お金に弱い人は、お金の話になると表情が一変する。

普段見せたことがないような、ギョッとする形相になる。

霊が入るので、違う自分になる。

違った霊の影響を受けると、聖書の基準ではなく、自分の基準で判断するようになる。

私が裁判を受けたときに、その牧師たちは「自分の地の部分」を出した。

おそらく、私が彼らの問題をあぶり出したのだろう。

サタンは、教会にディスペンセーション主義を吹き込んできた。

ディスペンセーション主義は、セオノミーを嫌う。

教会は「われわれは、いかなる律法にも支配されない。何をしても自由だ」という教えに騙されてきた。

この教えを通じて、教会を無法化することに成功してきた。

そこに私がチャレンジしたので「痛いところを突かれた」指導者たちは逆上した。

こちらは、あのような超自然的な反応が返ってくるとは予想していなかったので非常に驚いた。

「これが、あの高名な牧師なのか」と。

つまり、今のクリスチャンは高名な牧師からして、サタンの印をつけられているのだと思う。

間違った神学によって、悪霊の縛りを受けているだけではなく、悪霊の侵入を許しているのだと思う。

だからセオノミーを聞くと逆上するのだろう。

ラッシュドゥーニーは、初期のころ、セオノミーを唱えたところ、わめき散らす人によって講演を妨害され、それ以上話ができなくなったという。

中に働く悪霊が彼の話を聞いているうちに、激情を沸き起こしたのだろう。

ミレニアムの記事を読むと「訳がわからないが、とにかくむかつく」という人は、自分の内側に悪霊がいないか疑ったほうがいい。

聖書的な根拠なく分裂する人には、パリサイ人の霊が入っている。

悔い改めなければ、滅びる。

 

 

2018年11月13日



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