継承に失敗したらあまり意味のない活動になる
私は再建主義の次世代のために働いています。そして、その人々が私たちの築いた土台の上に新しいものを築かれることを期待しています。
これは「他の目的は一切ありません」。つまり「恩を売る」とか「先輩として優位に立つとか」はありません。
純粋に聖書的な理由から積極的に評価しています。
つまり、「神の国 は世代を経るごとに拡大しなければならない」という理由「だけ」が私のうちに存在します。
「次世代は苦労しないでいいだろう。われわれに感謝しろよ」というような意味はまったくありません。
なぜならば、われわれに与えられた苦労はわれわれに割り当てられた「務め」だからです。
これは、神の賜であり、私たちの功績ではありません。
私たちが苦労したのは、自慢するためでも、己を高めるためではありません。
もっぱら神の賜であり、恵みです。
ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。(1コリント15・10)
2018年2月10日
ホーム