(1)
「世界のエデンの園化が実現しなかったらあなたは偽預言者になる」というメールがあったので答える。
世界のエデンの園化はすでに起きた。
それは、キリストによって。
キリストは、アダムの使命である世界のエデンの園化を代わりに実現した。
だからキリストは十字架上で「完成した」と宣言された。
十字架においてキリストは、神と人間及び世界を和解された。
その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、御子のために和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。(コロサイ1・20)
世界はキリストの所有となった。
イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。…」(マタイ28・18)
つまり、全世界はキリストの王国となった。
だから、世界はエデンの園化した。
エデンの園とは、神と人とが完全に調和した場所である。
祝福に満ちた土地であった。
そこから流れる4本の川は、エデンの園から世界を祝福する流れが出ることを示している。
アダムは、エデンの園を中心として世界を同じように祝福された場所にする使命が与えられた。
彼は失敗した。
そのため、キリストが代わりにアダムの使命を成就し、世界を祝福された場所に変えられた。
だから、今世界はエデンの園である。
ただし、それは、「法的に」である。
法的に世界の所有権はサタンからキリストに移った。
クリスチャンは、キリストによって所有された世界を、実際にキリストの主権に服させるために福音を伝える務めが委ねられた。
これは、すでに法的に成就しているので、実際的にも成就する。
このことは「信仰によって可能になる」。
信仰がない人は、この働きに参加できない。
それは、「カナンの地を征服せよ」と言われたのに、「できません」と言った民が荒野で滅ぼされたように滅びる。
信仰がなければ、神の働きはできず、ただ滅ぼされる。
だから、「世界のエデンの園化なんてできるわけがないでしょう」という人は、信仰しなければ呪われる。
「エデンの園化はできない」という人は、偽預言者なので偽預言者と同じ裁きを受ける。
私は、このように主張する人と一切かかわりを持たない。
(2)
「明日東京でオリンピックを開くことにしました」
ともし安倍さんが宣言したら、われわれは、「頭が狂ったの?」と思うだろう。
しかし、神がそのように言われたら、われわれは「そうです。」と答えなければならない。
物理的社会的経済的に不可能なことを人間が言ったら、その言葉を疑うべきだ。
しかし、神が言われた場合には、われわれには選択肢はない。
だから、問題は、その「言葉そのもの」であるというよりも「誰が語ったか」にある。
われわれにとって神は主である。
主人が言われたことをわれわれがどうこう言えない。
だから聖書において「それは可能だ」と宣言されているならば、それを疑うことは罪であって、見過ごせない。
疑う人は、故意に神を主権者として拒絶する人であるから、その人は神のライバルであり、永遠の刑罰を受ける。